学校であった怖い話
>一話目(新堂誠)
>D5

いや、俺は行くことにしたんだ。
どうも奴のことが気になって仕方がなくてな。

夜中の学校は気味悪かったぜ。
もし吉岡がいなかったら、どうしようかって思ったけど、あいつはいたよ。
校門の前に、まるで幽霊みたいにぼーっと、突っ立っていたんだ。

懐中電灯をもってね。
それで俺のことを見つけると、手にした懐中電灯を振り回して近づいてきた。
笑えばいいものを、あいつはニコリともしなかったな。
緊張しているのか、顔を汗でじっとりと濡らして、無表情で俺のことを見ていた。

「ありがとう。きっと、来てくれると思っていたよ。この恩は、一生忘れないから」
そういって、俺の手を力一杯握ったんだ。
俺も、お人好しだよな。
こんな話を信じて、わざわざ学校まで来たんだから。

夜中の学校は、メチャクチャ怖いぜ。
新校舎だって不気味なのに、俺たちがめざすのは旧校舎だぜ。
その怖さがどれくらいのものか、お前にだってわかるだろう?
お化け屋敷だってあそこまで怖くはないな。

吉岡は、てんで度胸がないんだ。
女の子みたいに俺にへばり付いて離れないんだからな。
気持ち悪いったらありゃしないぜ。

旧校舎に入ると、あいつは
「もう、帰ろう」
とか言い出す始末さ。
いったい誰のために俺はつき合ってやってるんだ。
しかしさすがに、夜中の旧校舎は俺も怖かったな。

夜中だと、床板を踏む音が、やけに大きく聞こえるんだ。
きぃきぃきぃきぃ、ガラスを爪で引っかくような音が辺りに響くんだ。
ほかには何も聞こえないだろ?
だから、その音が妙に耳につくんだよな。

昼間だとあまり感じない古くさい腐った木の臭いも、夜中だとはっきりと感じるんだ。
その臭いだけが、息を吸い込むと、むっと口中に広がるのさ。

「さあ、ついたぜ。いい加減に離れろよ」
俺は、うつむいたまま震えて、俺にしがみついている吉岡を引きはがしたのさ。
まるで、ガムテープみたいにな。

「この鏡だろ?」
俺が尋ねると、あいつは見もしないで、小さく頷いた。
まったく、度胸がない奴だったぜ。
そんなに怖いんだったら、来なきゃいいんだ。
つきあわされた俺の身にもなってみろってんだ、まったく。

異次元へ通じる鏡。
俺は半信半疑というよりも、少しも信じちゃあいなかった。

でも、俺はあいつとの約束を守ったんだよな。
それは、やっぱり心のどこかにあらぬ期待を持っていたのかもしれない。
異次元へ行けるものなら、見てみたい。
そのための切っ掛けが、あの薄汚れた鏡だというのなら、確かめてみたい。

吉岡は、両手を鏡に押し当てたまま、震えていた。
死にそうなほど怖かったけれど、目黒さんに会えると信じて、必死だったんだろうな。
刻一刻と、例の時間が近づいてくる。
そして……ついに、三時三十三分三十三秒になったんだ。

俺は、驚いたよ。
何と、鏡の中に一人の女の姿が浮かび上がったじゃないか。
目黒さんだ。

「目黒さん!」
思わず、吉岡は声を漏らしていた。
鏡の中の女性は、にっこりと微笑んでいた。
本当に幻想的な美しい世界だった。

そして、鏡の中から現れた両手が吉岡の両腕をつかんだんだ。
その瞬間。
俺は目を疑った。

今までにこやかに微笑んでいた目黒さんの顔が、鬼のような恐ろしい形相に変わっちまったじゃないか。
そして、鏡の中から上半身を現すと、吉岡の喉に噛みついたんだ。

「どうして、お前は裏切った? 私はお前を愛していたのに、どうして一緒に来てくれなかった?」
太く粗野な声は、女の声とは思えなかった。

「……そんな……僕は、裏切ってなんか……いない……」
吉岡は、苦しそうに身を震わせていた。
喉を噛みつかれているせいか、声が声にならず、ひゅうひゅうと息が漏れていた。
「寒いんだ。痛いんだ。身体がねじ曲がって、こっちの世界は辛くて苦しいんだ!」

変わり果てた目黒さんは、そう叫ぶと一気に吉岡を鏡の中に引きずり込んだ。
まるで、水面に身を埋めるごとく、吉岡の身体は、ずぶずぶと鏡の中にめり込んでいったのさ。
あっという間の出来事だった。
俺は、止めることも助けることもできなかった。

ふと我に帰ったとき、俺一人だけが取り残されていた。
辺りは何事もなかったように、静まり返っていた。
俺は逃げ出した。

わけもわからず家まで逃げ帰った。
恐ろしくてがたがた震えていたよ。
そして、あれは夢だと自分に言い聞かせたんだ。

……次の日、吉岡は学校に来ていなかった。
次の日も、その次の日も、吉岡は来なかった。
みんなは、好き勝手に噂したさ。

吉岡は、あの鏡の中にいる。
生きているのか死んでいるのか知らないが、あの鏡の中へ行ってしまったんだ。

吉岡を引きずり込んだのが、変わり果てた目黒さんだったのか、それとも別の生き物、異次元の怪物だったのか、俺にはわからない。
吉岡が自分の部屋で聞いたという目黒さんの楽しそうな笑い声。

本当は、目黒さんはどこか別のところで楽しく暮らしているのかもしれない。
それとも、目黒さんを裏切った吉岡をおびき出すために、わざと楽しそうな振りをしていたのだろうか。
今となっては、何もわかるわけないか。

ただな、俺も最近、変な声を聞くんだよ。
一人でぼーっとしていると、笑い声とも呻き声ともつかない変な声が、どこからか聞こえてくるのさ。

それから俺は、鏡を見るのが怖いんだ。
別に踊り場のあの鏡である必要はないんだ。
鏡ならば、何でもいいはずなんだ。
吉岡を引き込んだあの化け物が、いつか鏡を覗いた俺を連れていってしまいそうで、怖いんだよ。

坂上、お前も気をつけろよ。
お前だって、突然、変な声を聞くことってあるだろ?
ない?
それは違うぜ。
それは、まだお前が気づいていないだけなんだよ。

耳をすませてみるといい。
異次元の呼ぶ声が聞こえてくるから。
……これで、俺の話は終わりだ。
次は、誰が話すんだ?


       (二話目に続く)