学校であった怖い話
>一話目(荒井昭二)
>F5

彼女は、喜びました。
自分の病気が治ったときでも、こんなに喜ばないだろうというくらい喜びました。
あまりに喜ぶので、園芸部員のみんなは罪の意識にさいなまれてしまいました。

けれど、聞くところによるとかなり容態は悪いらしく、もし本当にこのまま治らない病気ならば、言わない方が彼女のための様な気がして……。

みんなは、無理に笑って見せました。

「花は、とっても元気で、こんな雨の日もみんな花を咲かせているのよ。不思議でしょ。今は、可愛がっていた紫陽花が満開よ。そうね……、早坂さんが植えたひまわりが咲く頃には、退院できるといいわね。だから早く元気になってね。別名『花壇の番人』がいないと寂しいしね」

彼女は、お見舞いのみんなが帰った後、そっと考えました。
そう思えば思うほど、花壇の花達のことを考えてしまいます。

「自分のことは自分でよくわかる。お医者さまよりわかるのよ。本当は自分はもう長くはないってことを……」
このまま、もうここから出れないのなら最後に花達の世話をしたい。そして、お別れを言いたい、と……。

そして、学校に向かいました。
起きるのさえ、やっとの体だというのに。
外は、梅雨独特の音も立てないような雨が降っていました。
肌寒く、梅雨に良くある冷え込みとは違う、底冷えのする日です。
梅雨ももうじき終わるというのに……。

学校の花壇で、彼女は立ち尽くしてしまいました。
「花が枯れている! どうして!? みんな嘘をついていたというの!

ううっ……、ごめんね、私が病気にならなかったらこんなに枯れなくてすんだのに。……今、私が元気にしてあげるからね」
彼女は、自分が病気のことも忘れて、何時間も花達の世話をしていました。

それから、荒れていた花壇は奇跡的に前のように元気を取り戻し、また元気に花を咲かせるようになりました。
あんなに容態が悪化していた肺炎も、不思議とその花達に合わせるように快方へと向かっていったのです。

彼女もやっと退院でき、そしていつものようにほかの園芸委員と花壇の世話をしていました。

「良かったね、元気になって。ほら、花も早坂さんが元気になって喜んでいるみたいだ」
「ふふっ、そうかしら。やっぱり私の心が通じたのかしら。それとも……ふふふっ」

「どうしたんだい?」
「うふふふっ、みんなこんなに元気になってくれて私、幸せよ。この子達のためだったら、何でもできちゃうの。なんでもね……」
そういう彼女は、なぜか別人のように冷たい感じがしました。

彼女の実家は、産婦人科の開業医をしているそうなんだけど、なんでも堕胎された子供を養分として花に与えたらしいんですよ……。
まあ、考えてみたら、実際この世に生を受けることなく闇に処分される子供達は、その後どうなるのかって私たちには想像もつかないですからね。

ひょっとしたら、その方がいいのかもしれませんね。
だって、日の光を思いきり浴びて綺麗な花を咲かせることができるのですから。

そして、早坂さんが自分たちの世話をこれからもずっとしてくれるようにと、病気を追い払ったのかもしれませんよ。
ちょっと、調子が良すぎる解釈ですか?
ええ、でもそう思えてならないんです。

なんで僕がこの話を知っているかって?
その時、話を聞いていた園芸部員は、僕の兄だったんです。
もちろんあの花壇には、今は何も悪いことはありません。

心配なのは、いつか誰かがいたずらに入ってしまうんじゃないかと。
そして、早坂さんが大事に育てた花を踏みにじってしまうんじゃないかって……。

その時は……、どうなっても僕は知りませんよ。
だって自業自得ですから。

そういえば不思議なことがもう一つ……。
あなた、『多年草』と『一年草』って知っていますか。
多年草は、その年に枯れても根が残っており、また翌年同じ場所にその植物が育つもので、一年草とは、その年に枯れてしまったら、また種を植えて育てなければいけない植物のことなんです。

早坂さんの育てていた花は、紫陽花の他は全部一年草だったんですが、不思議なことに毎年種を植えなくても同じ花がそこに咲くんですよ。

ほら、窓から見えるでしょう。
あの大輪のひまわりが……。
さあ、僕の話はこれで終わりです。
次は、どなたですか?


       (二話目に続く)