学校であった怖い話
>一話目(荒井昭二)
>G5

「花は枯れてしまったよ。早坂さんが早くよくなって世話をしてくれないと、花たちも元気がなくて困ってしまうよ。僕たちじゃ、だめみたいだ」
彼らは、努めて明るく振る舞い、そう言いました。

別に、早坂さんを困らせようとして、そんなことを言ったわけじゃありません。
彼女を元気づけさせるため、そう言ったんです。

でも、それが裏目になりました。
彼女はたいそう気を落とし、それからのみんなの冗談話や学校の話も、ときおり相づちを打つばかりでずっと上の空でした。

彼らが帰ったあと、彼女はずっと花壇のことを考えました。
自分が行けば、花たちは元気になる。
花たちは、きっと元気になってくれる。

そう信じて、彼女は家を出たのです。
そして、学校に向かいました。
起きるのさえ、やっとの身体だというのに。
外は、しとしとと雨が降っていました。
どんよりと曇った空は寒々しく黒ずんで、六月だというのに、まるで真冬のような寒さでした。

学校で、花たちは彼女のことを待っていました。
「ごめんね、ごめんね」
彼女は、しおれた花一本一本に謝りながら、必死に面倒を見ました。

雨の中、時間が流れるのも忘れ、自分の重い病気さえも忘れ、いつまでもいつまでも一生懸命に花の世話をしました。

次の日、みんなは早坂さんの死を知りました。
自宅で、にこやかに微笑みながら息を引き取ったそうです。
園芸部の人たちは、彼女の死に愕然としました。

そして、もしや自分たちがお見舞いに行って、あんなことを言ったためにショックで死んだのではないかと思いもしました。
そして、彼女の供養の意味も込めて、花壇に行ったんです。
そこで、彼らは目を疑いました。

花壇に、花が咲き乱れているじゃないですか。
それも、一面に紫陽花が。
しかも、真っ赤な紫陽花だったんです。
紫色の紫陽花が、まるで血のように赤い紫陽花に変わっていたんですよ。

みんなは驚き、花壇に駆け寄りました。
そこで、花壇で早坂さんのハンケチを見つけたんです。
その時、彼らは初めて、昨日、早坂さんがこの花壇の手入れに来たことを知りました。
「……早坂さん、血を吐いたんだよ……」
一人が震える声で呟きました。

そして、彼が指さす方向に目を向けると、土がどす黒く変色しているじゃないですか。
雨に濡れた土に混じり、さらに沈んだ黒い土が、まるで大量の血を吐いた跡のように固まっていたのです。

そして、よく見ると、真っ赤な紫陽花の茎の根元の辺りは、みんなどす黒い土に変色していたんです。
みんなは、怖いというよりも、悲しくてなりませんでした。
それ以来です。
うちの学校の花壇に咲く紫陽花が、真っ赤になったのは。

皆さんもみたことがあるでしょう……。
あの血のように赤い紫陽花を。
あれは、そう言ういわれがあったんです。
どうして、僕がその話を知ってるかって?

早坂さんに、花が枯れてしまったと話した園芸部員って、実は僕の兄さんなんですよ。
これは、兄さんから聞いた話なんです。

兄さんは、早坂さんのことを好きだったんですって。
それで、自分があんなことを言ったから彼女は死んだんだって、あれからしばらくの間は、ずいぶんと落ち込んでいました。

そして、今でも彼女の命日になると、彼女のお墓に赤い紫陽花を供えに行くんです。
あの紫陽花は彼女の色だから、彼女のところにあるのが一番いいって言ってます。

確かに、そうかもしれません。
僕も一度ついていったんです。
お墓の前に供えられた赤い紫陽花はいっそう赤く染まるんですよ。
それはもう、この世に二つとないほど妖しい赤に染まった美しい紫陽花なんですから。

僕の話はこれで終わりです。
もちろん、あの花壇には今は何も悪いことはありません。
でも、僕はあそこには間違いなく地縛霊がいると信じてます。
霊っていうのは、優しくされると取りつくそうですよ。
情けをかけたりすると、逆にその人に災いをもたらしたりするそうです。

早坂さんが花に優しくしたばかりに、そこにいた霊が自分は優しくしてもらっていると勘違いしたとは思えませんか?
そして、その喜びのあまり、彼女を霊界に引き込んだとは考えられませんか?

兄さんは、不思議だっていってました。
あれだけ重病だった早坂さんが、よく花壇まで行けたものだって。

異常なほどに花の好きな早坂さんだったから、何とか花壇までたどり着けたにしても、どう考えても花壇から家に戻ってくる力はなかったはずだって。
きっと、彼女は花壇で事切れたんじゃないか?

血を吐いた花壇で、花に包まれながら死んだんじゃないか?
そして、きっと霊能力が働いて、魂の抜けた彼女の身体を家まで運んだんじゃないか?
そう思えてならない。
それだけが、今も不思議なんだって。

そうかもしれません。
幸い、あれ以来、花壇は何事もなく、そこそこ花の好きな園芸部員たちに、それなりに大事にされているようです。

でも、僕は本当に信じているんです。
あの花壇には、地縛霊がいることを。
そして、同時に恐れているんです。
あそこに、いつか誰かが、いたずらに入ってしまうんではないかと。
そして、早坂さんが大事に育てた花を蹴散らしてしまうんではないかと。

その時は、転んで足の骨を折るくらいですむんでしょうか?
まさか、早坂さんの魂があの花壇に住む地縛霊に加わっているとは思いたくありませんから。
そんなことが起きなければいいんですけれど……。
さて、次はどなたが話してくださるんですか?


       (二話目に続く)