学校であった怖い話
>一話目(細田友晴)
>D4

僕は、勇気を出してトイレに入ってみることにした。
僕がトイレに近づくと、手は僕を捕まえようと、激しくうごめき始めた。
それでも、ほかのみんなは何事もないように、手をつき抜けトイレに入っていく。

僕は、固く目をつむり、足を踏み出した。
その途端。
「うげっ!」
いきなり、苦いものが込み上げてきた。
胃液が、ぐっと口の中に溢れ出る。
まるで、下腹を何かに強く押され、その何かがゆっくりと、そこをまさぐるような感触。

きっと、あの手だ。
あの手が、僕の下腹を押し込み、なで回してるんだ。
けれど、僕は目を開けることができなかったんだ。
恐ろしくて。
目の前に迫った手が、僕の頭を握りつぶしてしまいそうで、目を開けられなかったんだ。

それでも、僕は前へ突き進もうとした。
けれど、ほんの1ミリ先に進もうとしただけで、猛烈な吐き気をもよおしたんだ。
僕の胃が空になってしまうほど、内容物が逆流してきた。

もう、これ以上進めない。
僕は、口を手で押さえると、その場に屈み込んだ。
けれど、トイレをふさぐ無数の手は僕が前に倒れることを許さなかった。

手は僕のことを弾き飛ばし、僕はそのまま後ろに転がった。
それが幸いして、僕は助かったんだけれど。

恐る恐る目を開けると、もう手はなくなっていた。
もし、あの手にトイレに引きずり込まれていたらと思うと、今でも寒気がしてくるよ。

トイレの前でぼんやりとした目で転がっている僕を、みんな不思議そうな顔で通りすぎていった。
関わりたくないような、冷たい目付き。
僕は、もうトイレを捜すどころじゃなかった。

ふらふらと、おぼつかない足取りで会場に戻り、最後の五時間目の試験を受けると、僕はそそくさと家に帰ったんだ。

あれきり、中野には会っていない。
この学校に受かったのかどうかもわからない。
ただ、この学校に入学していないことは確かだけどね。

今、僕は思うんだ。
きっと中野は、あのまま家に帰ってしまったんじゃないか、と。
彼の答案用紙は白紙に近かったわけだし、このまま次の試験を受けても望みがないことを、彼は悟ったんだろう。
そして、あきらめてしまった。

その可能性は十分にあるし、そう考えるのが正当じゃないかな。
ただ、僕は入学後、あのトイレにまつわる噂を聞いたんだよ。
何でも、あのトイレは、便器の中から手が出てくるんだってさ。
それで、その手に気に入られてしまうと、霊界に連れていかれてしまうんだ。

もちろん、便器の中から出てくるだけであって、あのとき僕が見たようにドアいっぱいを埋めつくすような手を見たという噂はないみたいだけれど。
もし、あれがその噂の手だったら、僕は嫌われたのかもしれない。

あれが相手だったら、好かれるよりも嫌われたほうが嬉しいけどね。
まあ、あれ以来、僕もあの手を見ていないし、あくまで噂さ。

今となっては、別に気にすることもなく、あのトイレに入れるよ。
相変わらず、霊気は強いけどね。
え?
そのトイレはどこにあるのかって?

それを教えたら、君は怖くてそのトイレに行けなくなるだろう?
聞かないほうがいいよ。
1.ぜひ聞きたい
2.やっぱり聞かなくていい