学校であった怖い話
>一話目(細田友晴)
>F4

僕は怖くてトイレに入れなかった。

中野には悪いと思ったけど、僕は立ち去ろうとしたんだ。
ところが…………誰かが、後ろから僕の手をつかんだ。
中野か!?
無事だったのか、といおうと振り返った僕が見たのは…………。

君にも想像がついてるだろう。
そう、トイレから伸びた、長い長い手だったんだよ。
手は、グイグイと僕を引き寄せる。
あの中に入ったらいけない……ってわかってるのに、抵抗できないんだ。

『蛇ににらまれたカエル』って、ああいうことをいうんだろうな。
入り口からあふれ出た手が、僕を手招きするように、ゆらめいた。
その手の間に、僕は引きずり込まれたんだ。
妙にすべすべして柔らかな手たちが、うわっと群がってきて僕の体を包んだ。

僕を抱え、なで回し、押さえつけ、引っ張るんだ。
なんていうか、気が遠くなりかけたよ。
その時、声が聞こえたんだ。
ひどいよ……っていう、細い悲しそうな声。

同時に、目の前の手がスッと引っ込んだ。
ポッカリと空いた空間に、恨めしそうな顔が浮いていた。

中野だったんだ。
手に囲まれて、本当に顔しか見えないけど、あれは中野だ。
たくさんの手のたくさんの指が、まるで触手みたいに、顔のまわりを這っていた。
中野が、口を開いた。

ひどいよ……僕を見捨てようとするなんて。
そう、聞こえた。
僕たち、友達になったんだろう。
いっしょに行こうよ…………。

どこへ、と聞こうとした僕の鼻と口が、伸びてきた手にふさがれた。
もがこうとしても、全身を押さえつけられて動けない。
死んだら、たくさんの手の中の一本になるのだろうか……。
遠のく意識での中で、僕はそんなことを考えていた。

細田さんの話が終わった。
でも……この話は、変じゃないか?
だって、話が本当なら、細田さんはトイレの手に襲われたはずだ。
それなのに、今ここで、こうして話をしているんだから。

「嫌だなあ、細田さん。作り話で、怖がらそうとしてもダメですよ」
「作り話…………?」
細田さんが、静かにいった。

「作り話だと思うかい?」
この部屋は、さっきからこんなに薄暗かっただろうか?
細田さんは半分影になって、なんだかとても不気味に見えた。
「本当にこの学校には、危険なものがたくさんいるんだよ。君たちも、取り込まれないように、せいぜい気をつけるんだな……」

いい終えた細田さんの姿が、スウッと薄らいだように見えた。
そして、煙のようにユラユラと揺れながら、薄暗い空間に溶けて消えてしまった。

細田さんが消えた空間を見つめたまま、誰もなにもいわなかった。
世界中に僕たち以外いなくなったような気がした。

その時、派手な音を立ててドアが開いた。
飛び上がった僕たちの前に、頭をかきながら細田さんが登場した。
「いやあ、ごめんごめん。日直の仕事が長引いちゃってさ。もう始めてた?」
これが本物の細田さん?
じゃあ、さっきまで話をしてた細田さんは、何者なんだ!?

黙り込んだ僕たちの様子にも気づかず、細田さんは嬉しそうにニコニコしている。
「さあ、続けてよ。僕も、とびっきりのヤツを用意してきたんだ」
細田さんには、もう聞きましたよ…………といっても、信じてもらえないんだろうな。
さて、次は誰にしようか?


       (二話目に続く)