学校であった怖い話
>一話目(細田友晴)
>J2

「他のトイレを探そう。まだ時間はあるよ」
「わかった」
子どもみたいに、彼は頷いた。

幸い、階段を一階分下りたところに、トイレがあったんだ。
空いていたし、僕たちは即、飛び込んだよ。
…………それが、まずかったんだ。

トイレに入った瞬間、体の前面にぐにゃりと異様な感触がした。
目の前には、なんの変哲もないトイレの中の空間が広がっていたのにね。
でも確かに、胸や腹をまさぐられる感じ。

このトイレの中には、目に見えない透明な手が、いっぱい生えてるに違いない!!
そう気づいたときの僕の気持ち、想像できるかい? ショックなんてもんじゃなかったよ。
あの気味悪い手が、目に見えないこともあるなんてね。

多分、情けない悲鳴をあげたと思う。
両手をブンブン振り回して、全速力で飛び出したよ。
我に返ってみたら、すぐとなりに中野が座り込んでた。
「……無事だったんだね」
なんとも間抜けな言葉だけど、あの時はそれ以外、思いつかなかったんだ。

僕は中野を助け起こしながらいったよ。
「教室に帰ろう」
ってね。
トイレには行きたかったけど、もうあんな目に遭うのは嫌だったんだ。
彼は、やっぱり黙って頷いたよ。
僕たちは結局、トイレを我慢して試験会場に戻ったんだ。

三時間目は、もう試験どころじゃなかったよ。
脂汗がにじんできて、早く終われって、そればかり願ったさ。
途中で、試験を放棄しようかとも思ったほどだった。
僕は、もう試験なんかどうでもよくなって、歯を食いしばり、ずっと俯いていた。
気が遠くなりそうだった。

その時、突然、斜め後ろで、ガタッていう音がしたんだ。
俯いたまま目だけ向けると、中野が震えながら手をあげていた。
「……先生、トイレに行きたいんです」
ひきつった顔で、声が震えていた。
試験中にトイレに行くことは、この学校では許されないんだ。

トイレに行くものは、試験を終了したものとみなされ、次の試験の時間まで会場への入場も許されない。
君のときも、そうだったろ?
カンニング対策とはいえ、厳しいよな。

僕は、ちらっと中野の答案用紙を見たけど、ほとんど何も書いていなかった。
彼は、今にも泣きそうな顔をしていたよ。
よっぽど我慢していたんだろうな。
まあ、僕も似たり寄ったりだけど。

よっぽど、僕も席を立とうかと思ったさ。
けれど、試験はほとんどできていなかったし、白紙のままじゃあ、さすがに0点だしね。

僕は、中野がトイレに行ったことが逆に励みになって、頑張ったのさ。
間違いでもいいから、とにかく答案用紙を埋めるのに、必死になったね。

不思議と、試験に集中すると、我慢できたんだよ。
新発見だったね。
僕が答案用紙を埋め終わるのと同時に、終了のベルが鳴った。
僕は、急いで席を立ったよ。

トイレへ走る人たちに混じり、僕は走った。
1.さっきのトイレに行く
2.他のトイレに行く