学校であった怖い話
>二話目(荒井昭二)
>N2

そうですか、これはいいかもしれません。
全く先入観がないから、怖い話をするのにもってこいですね。
古い木造の建物って、パリパリしてるっていうかカビ臭いっていうか、埃っぽいんですよね。

古くさい臭いがまどろんでいて、戸をガラガラッと開けると中の空気がさーっと流れて来る感じ。
あれ嫌なんですよ。
なんだか、違う世界のような気がしませんか。
旧校舎もそんな感じですよね。
いえ僕は入ったことないんですけどね。

その、旧校舎は使われなくなってから、かなりの年数が経っていますけど、使われなくなってからも、とりあえず見回りだけは行われていたんですよ。
そんな、先生の見回りにまつわるこんな話があります……。
当時、教育実習の佐々木先生という方がいたそうです。

教育実習の先生って、大体自分の出身校に行って実習するっていうのが相場なんです。
佐々木先生も何年か前は、ここの制服を着て女子高生していたわけです。

教育実習生が、夜間の校内見回りなんてやるわけないですよね。
それが、今年に限ってやらせましょうなんて、意地の悪い先生がそれを押したんです。

もちろん、一人でやるわけじゃないんですけどね。
「佐々木先生、今日がんばってね。ほっほっほ」
「簡単におっしゃいますけどぉー」

いくつになっても、先輩は意地悪だ。
と、佐々木先生は思いました。
「ツイてないな、よりによって今年は旧校舎の見回りもあるなんて、サイテーだわ」

彼女、学生時代にテニス部に所属していたんです。
毎年、テニス部の合宿には怪談大会っていうのが開かれるんですが、決まって旧校舎にまつわる話が出てきたのを思い出してしまいます。
「色々思い出しちゃうわ……。もう、先輩たち……、恨んじゃうから」

その当日、もう一人当直の先生がいたのですが家に不幸があって、急に帰らなければいけなくなりました。
したがって、佐々木先生が一人で見回りをする事になったんです。
「こうなったら、開き直った方が勝ちだわ。
ぶつぶつ……」

旧校舎は三階建てで、もちろん電気も通っていません。
「何で、こんな校舎いつまでも残しておくのかしら。だけど、近くで見るとますます凄いわね」

何だかんだいって佐々木先生、中に入って行っちゃったんですよ。
こわいもの見たさっていうのもあるでしょうけど、立入禁止になってる所って気になるじゃありませんか。

佐々木先生って、好奇心旺盛でミーハーだったんです。
なんてったってまだ、女子大生ですから。
まず、三階にいったん行ってから、順番に下に下りていこうと考えました。

心もとない懐中電灯の明かりを頼りに、ギッ、ギッっときしむ階段を踏み外さないように、確かめながら上がりました。
三階に上がり、懐中電灯を照らすと、思っていたより長い廊下がずっとのびていました。
教室の一つ一つを、懐中電灯で照らしてみます。

「何だ、なんてことないみたいね」
窓に懐中電灯を向けると、薄いガラスにぼんやりと自分が映っています。
じっと見つめていると、映った自分の姿に別の影が重なっているような気がして、思わず懐中電灯をそらしてしまいます。
「強がっていたけど、やっぱり心細いわ……」

そして、三階を見終わり二階に下りていきました。
「二階の方が、ひどく荒れてるわ」
教室内を照らすと、割れた窓ガラスや突き出た古釘が、あちこちにあるのがわかります。
散乱している薄いガラスをパリ、パリと割りながら進んでいくと、

「あれ?」
体が前に進みません。
「ちょっとー、冗談でしょー?」
何かに、つかまれている感じがするのです。
「放してよ、放してったら!!
放さないと、こうよっ!!」

ビリビリビリッ、
「え……」
彼女は、でっぱった釘に引っかかってもがいていたんです。
「ひどいわー! このブラウス、高かったのにー! くやしーい」
自分が勘違いしたのが悪いのに、それを棚に上げてむくれている佐々木先生でした。

二階も何とか無事に見回り、一階への階段を下りているときです。
さっきまでとは違う空気が、自分をすーっと通り抜けて行くのがわかりました。
毛穴がきゅーっとすぼまり、体毛が逆立っているのがよくわかります。

「うーっ。なに、この感じ……」急いで階段を下り、一階の長廊下を進もうとしたときです。

「?」
何か聞こえる。
子供の笑い声がする。
しかも、まだ赤ん坊のようです。
「きゃははは、きゃきゃきゃ……」
廊下の向こうっかわから、何かぼーっとしたものがこちらに近づいて来ているようです。
「……?」

もう一回振り向いて見ますと、それがなんなのか、今度は見えます。
「!!」
四つん這いの赤ん坊が、にーっと笑いながらこちらめがけてやって来てるんです。
すごい速さで……。
「な、なんなのよ」

また、急いで正面に向き直る。
だんだん笑い声が近づいてくる。
背後から。
思わず急ぎ足になってしまう。
なぜか、走れない。

走ってしまったら、事が急展開してしまいそうな気がして、この均衡を崩せない。
「どうしよう。なんで、旧校舎で赤ちゃんの笑い声なんてするの。やだやだ、だんだん近づいてくる!! どうしよう。なんで!? こんなのってないわよー。どうしてよー!!」
完全にパニックに陥っています。

「絶対、振り向いちゃだめ!!」
彼女が自分に言い聞かせるようにつぶやいたその時、ガバッと赤ん坊が背中に張りついたんです。
「きゃははは、きゃきゃきゃ、きゃはっ」
彼女の右肩で、その赤ん坊が笑います。

「ヒーッ!!」
こういう時、人間て不思議なもので、やめときゃいいのに、一番ベストなやり方とは全く逆のことをしてしまうものなんですよね。
彼女も、ふっと右肩を見てしまったんです。

「ぎぇーーー!!」
いきなり、白目をむいた赤ん坊が肩から、自分の襟首に飛び移ってきたんです。
「きゃははは、きゃきゃきゃ、きゃはっ」
彼女は、その後どうなったのか覚えてないそうです。

翌朝、発見された彼女は旧校舎の入り口で、
「きゃははは、きゃきゃきゃ、きゃはっ」
という赤ん坊の笑い声を出し、指をしゃぶっていたそうです。

後で聞いた話ですが、以前、生まれたばかりの赤ん坊が、旧校舎に置き去りにされていた事件があったそうです。
ええ、見つけられたときには、もう赤ん坊の息はなかったそうなんですけどね。

なんでも、発見が早かったら助かったかもしれなかったそうで。
その時、見回りを怠ってしまった教員がいろいろ言われたことがあったんですよ。

彼女ですか?
今は、そのショックから立ち直って元気にしているそうです。
先生になるのは、さすがにやめて普通のOLをしてますよ。
今でも、その赤ん坊を夢に見ることがあるそうです。
何で知ってるかって? だって、佐々木先生って僕の家の隣のお姉さんですから。

……僕の話は、これで終わりです。
どうもありがとうございました。


       (三話目に続く)