学校であった怖い話
>二話目(細田友晴)
>D8

「先生は、あの染みの正体を知っているんですか?」
僕の問いに、比田先生は頷いた。
「ええ……そうね。細田君には、教えておこうかしら」
そう言った瞬間、先生はタオルの中身を取り出し、振り上げた。
その……鈍く光る金槌を見上げた瞬間、ガツンと重い衝撃が来て、僕は気絶した。

気がつくと、僕はグルグル巻きに縛られていたんだよ。
まわりは暗い。
気を失っている間に、日が暮れたんだろうか。
「お目覚めのようね」
比田先生の声がした。

不思議な姿勢で見回すと、例の女子トイレの中じゃないか。
比田先生は、壁の染みをやさしくなでながら僕を見ていた。
「さっきの話は本当じゃないの。でも、まるっきり嘘というわけでもないわ」
何を言ってるんだ?
静かだけど、不気味な声。

「西条っていうのは、本当はいじめっ子じゃなくて、壁の染みをなめさせられた子の名前なの。いじめっ子の本名は、比田……」
比田!?
びっくりして、僕は先生を見上げた。

「あの時、本当は何が起きたのか、教えてあげるわ。西条のヤツが泣くのが楽しくて、私は壁の染みに、あいつを押しつけた…………
そうしたら、染みが動いたのよ。生きてるみたいにね。美しかったわ」

比田先生は、僕を見てなんかいなかった。
ウットリして、すてきな思い出に浸っているみたいだったよ。
「染みは一瞬で広がって、真ん中に大きな口が開いたの。信じられる、細田君?」

今こうやって話しても、きっと君には信じられないだろうな。
でも、僕には信じられた。
だってその時、先生の声に反応するように、染みがピクピクッと動いたんだから。

「ふふっ……この子も、喜んでるわ。細田君のこと、気に入ったようね」
染みが、僕を気に入ってる……。
それがどういう意味なのか、なんで染みが喜んでるのか、僕にはわかった。
床に転がったまま、僕は這って逃げ出そうとしたよ。
でも、すぐに捕まった。

「逃げては駄目。あなたは、これから西条のところに行くんだから」
やっぱり、そうなんだ。
僕は、気が遠くなりそうだった。
比田先生は、乱暴に僕を立たせ、染みの方へ突き出した。

「さあ……久しぶりのごはんよ」
嬉しそうな比田先生の声に、理性がプッツリ切れた。
僕は大声を上げて、体を揺すったんだ。
子どもが駄々をこねて、いやいやをするみたいにね。
油断してた先生が、バランスを崩した。
そして…………。

あの時のことを思い出すと、今でも気分が悪くなるんだ。
僕を食おうとしてた染みは、大きく口を開けて待っていたんだな。
そこに、運悪く比田先生が倒れ込んだんだ。
どうなったか、わかるだろ?

僕は必死になって、ロープをほどいた。
染みが壁を離れて向かってきたら……と思って、怖かったんだよ。
あまりにも怖くて、どうやって家に帰ったか覚えてないくらいさ。
結局、比田先生は行方不明ってことになった。
染みは、カケラも残さずごはんを食べた……っていうことだろうね。

その染みが、まだあるのかって?
さあ、僕は二度と、あそこに近づきたくないんでね。
でも、もしあれが生き物で、比田先生がヤツに餌を運んでいたんなら……。

比田先生がいなくなってから、何も食べていないはずだからね。
死んでるか、弱ってるか……もしかしたら、餌を求めて、どこかに移動しているのかもしれないね。
僕の話は、これで終わりだよ。
次は誰が話す?


       (三話目に続く)