学校であった怖い話
>二話目(細田友晴)
>E6

壁の素材にまで染みついた染みがそんな簡単に取れるわけないじゃないか。
でも西条は、それを消せといったのさ。
難しければ難しいほど、いじめる方にすれば楽しいものね。
女の子は、泣きながら染みをこすり続けた。
でも、もちろん消えるはずない。

西条は、女の子の髪をつかんで、顔を染みに押しつけた。
「全然消えてないだろ? 手ぇ抜いてんじゃないよ! 消えるまで帰さないからね!」
そんなことを言ったくせに、それから一時間くらいたつと、西条は退屈してきたらしい。

「あたし帰るけど、明日この染みがきれいになってなかったら、ただじゃおかないよ!
わかってるだろうね!?」

女の子をそうやって脅して、さっさと帰ってしまったんだ。
一人で残された女の子は、必死に染みを消そうとしたよ。
西条のことだ。
染みを消せなければ、本当にひどい目に遭わされるに違いないからね。

その時、どこからか声が聞こえたんだ。
『助けてやろうか……』
放課後で、みんな帰った後のトイレだよ。
女の子は空耳だと思ったんだ。

でもその声は、何度も彼女を呼ぶんだよ。
『あの女が憎くないか? 助けてやるよ』
それで、気がついた。

話してるのは、壁の染みだってね。
顔の形の染みは、彼女に話しかける。
『あの女さえいなければ、平和に学校生活を送れるんだ……助けてやるよ。あんたは俺にちょっとした贈り物をくれればいい……』
甘い言葉に女の子の心は動いた。

このままじゃあ、いつまた西条の餌食になるかもしれない。
大げさだなんて、思っちゃ駄目だよ。
いじめられる側は、本当に自分が「餌食」とか「生け贄」になった気がするんだから。

女の子は、とうとう頷いたんだ。
「何をあげればいいの?」
その途端、壁の染みが大声で笑い出した。
そして、女の子は気を失ってしまったんだ。
気がついたら朝になってた。
いつの間にか、自分の部屋に帰って寝ていたんだってさ。

急いで学校に行ったら、大騒ぎになってた。
夕べ遅くに、西条が死んだらしい。
自宅で寝ていたところを、何者かに殺されたっていうんだ。
その上、首を無残に切り落とされて、その首もまだ見つかってないらしい。

女の子は、あのトイレに向かった。
確信に近い予感がしたんだ。
トイレに入って、窓側の個室の壁を見る。
すると、そこには彼女が想像していた通りのものがあったんだ。

昨日、取引を持ちかけてきた染みの隣りに、もう一つ。
顔の形の染みが、新しく増えていたんだよ。
そして、その顔は…………。
西条にそっくりだったんだって。
比田先生は、そう話してくれた。

話している間中、伏し目がちだった。
そういえば、他にも染みがあった気がする。
僕は、一番気になった点を聞いたんだ。
「どうして、比田先生が、そんなことを知っているんですか?」
……ってね。

比田先生は、その質問を予期していたように笑った。
「それは……私がその、いじめられていた女の子だからよ」
それじゃあ、壁の染みが言ってた「贈り物」っていうのは何なんだろう?

僕が尋ねると、比田先生はフッと俯いた。
「……知りたいのね。いいわ……」
そして、ブラウスの袖をまくりあげたんだ。

袖の中には、何もなかった。
細い手首だけが、独立した生き物みたいに浮いている。
続いているはずの腕がないんだよ。
「首から上と、手首から先以外の上半身……それが、あいつの言っていた贈り物よ」

比田先生が、真夏でも長袖のブラウスしか着てない理由がわかった気がしたな。
「あいつが何かは知らないわ。でも、体をなくしても、こうして私は生きている…………こんな状態のままでね」

うなじの毛が、逆立つ気がした。
そんな力を持ってるなら、ただの悪霊なんてもんじゃない。
もっと強大で邪悪な、とんでもないもののはずだ。
例えば、悪魔……とかね。

「……だからお願い。あそこには近づかないでほしいの。私は、二度とこんなことが起きないように、あのトイレを見張るために教師になったのよ」
比田先生の言葉に、僕たちは頷いた。

僕たちが、どうにかできる問題じゃなかったんだ。
あのトイレは使わないようにすること、今日の話は秘密にすることを約束して、僕たちは家に帰ったんだよ。

…………えっ、今ここで話しちゃってもいいのかって?
うん……実は、気になることがあってさ。
うちのクラスの女子が、一昨日から行方不明なんだよ。

その上、彼女と一番仲良しだった子が、昨日から長袖のカーディガンを着てきてね。
風邪をひいたって言ってたけど。
うん、多分君が考えてる通りだよ。
カーディガンを着てる子っていうのは、比田先生の話を、いっしょに聞いた女子の一人なんだよね。

あの子のカーディガンの下に、体があるかどうか僕は知らない。
でも、ひょっとしたら……。
もう一つ、僕には気になることがあるのさ。
あのトイレの染みが、また増えてるんじゃないかってね…………。
これで、僕の話は終わりだよ。
次は誰かな?


       (三話目に続く)