学校であった怖い話
>二話目(福沢玲子)
>G3

やっぱり、飲めないでしょ?
わかるわ。
水道に浄水器をつけても気になるわよね。
普通、水道からは出てこないようなもの。
知ってた?
もちろん、その水道は変なところから水を引いてるわけじゃないわよ。

ちゃんと、貯水池から引いてくる、みんなの家で飲んでいる普通の水道水と同じなの。
だから、水死体の髪の毛とかが入ってることはないわ。
でもね、出てくるのよ、変なものが。

体育館脇の水飲み場知ってるでしょ?
運動部の連中が、練習とか終わった後に水をがぶがぶ飲んでいる、あの水飲み場。
あそこのさあ、右から二番目の蛇口だけ使えないようになってるの、見たことない?

針金をぎちぎちに巻いて、蛇口が回らないように絞めてあるの。
もうすっかりさびついちゃって、何だか針金と蛇口が一体化してるように見えるよね。
あれって、もう何年も前からああなってるらしいの。

壊れてるってわけじゃないのよ。
ちゃんと普通に水が出てくるし、飲むことだってできるわ。
でもね、ある日、事件があったんだって。

ずっと前に、当時二年生で大原茂子っていう女の子がいたのね。
彼女は、とっても神経質だったのよ。
飲料水は、もちろん販売されているミネラルウォーターを飲むの。
何か手に触れたら石けんでごしごし手を洗い、ドアのノブもティッシュやハンカチでおおってつかむといった具合だったの。

重度の潔癖症っていうのかしら。
まったく疲れる子よね。
彼女が二年生の夏のこと……。
その年は、なにかもう一滴も雨が降らない最高記録の日数を、どんどん更新している具合だったの。

何をしようが、どこにいようが暑いんだから……。
その頃って、まだクーラーの普及率は低かっただろうから、いろいろと大変だったろうね。

もちろん、猛暑の夏でもよほどのことがないと決行されない、時間制限の断水も行われていたくらいなのよ。
暑さに強いはずのひまわりや朝顔さえも、今にもひからびてしまいそうだったって。

人間が飲む水さえもぎりぎりなのに、植物にあげる水なんてあるわけないのよね。
その年は蚊が異常発生し、蚊取線香が異常に売れたっていう話も聞いたわ。
そのくらい、ひどい夏だったのよ。

それでね、この学校って毎年七月に全校で校庭の草取りがあるでしょ?
そう、夏休みに入る前の年中行事なんだよね。

彼女のクラスは、グラウンドの担当だったの。
最初は、みんなで楽しくおしゃべりしながら草取りをしていたんだけど、彼女、だんだん気分が悪くなってきたの。

症状を見ると、どうやら日射病のようなの。
クラスメートが、見かねて保健室まで連れていこうとすると彼女は、
「大丈夫よ、一人で行けるわ……」
って、少しよろけながら歩いていったわ。

彼女の目の前は、渦を巻いたようにうねり、体は地面から立ち上る陽炎と一緒に舞い上がって、今にも気体になってしまいそうなの。
「水が飲みたい……」
彼女の喉は渇ききって、粘膜と粘膜がくっついて唾も飲み込めないほどなの。
もう、その時には脱水症状をおこしていたのね。

ふと見ると、体育館の脇に水道が並んでいるのが見えたわ。
「あんな水。わ、私は飲めない……」
でも、彼女は考えてしまうの。
蛇口から、ほとばしる水を思いっきり浴びるように飲めたら、どんなに気持ちがいいだろうか……。

今まで、あんなに水にこだわった自分が、なんだか情けないように思えたわ。
「もう、我慢できない……」
彼女は、やっと水道までたどり着くと、蛇口をひねり思いっきりすすったのよ。
「んぐっ、んぐっ」
だけど、彼女は急に冷や汗が出てくるのを感じたのよ。

「なにか違う……」
すると、口の中にムズムズした物が入り込んでいるのがわかったの。
「み、水じゃない!!」
とっさに、蛇口から口を離したのよ。
でも、勢いよく蛇口をすすってしまったんで、それをかなり飲み込んだらしいの。
「うっ」

見ると、蛇口から無数のアリがわき出ているじゃない!
ちょうどその時、断水中だったのね。
断水の時間がかなり長くなっていて、貯水池から水を引いている貯水タンクも空っぽで、水が出る状態じゃなかったんだね。

代わりに彼女が飲み込んだのは、その空っぽの貯水タンクに入り込んでいた無数のアリだったの!
「げぇっ、げぇっっ!」
彼女は、口に手をつっこんで飲み込んだアリを出そうとしたのよ。
けど、アリって小さいから、そんなことしても取れるわけないのよね。
喉に入り込んだアリは、容赦なく粘膜をかんだわ。

彼女は、その苦しさに喉をかきむしりのたうち回っていたのよ。
いいえ、アリにかまれたことよりも、それを飲み込んでしまった時点ですでにパニックをおこしていたのかもしれないわ。

口の中に入れなかったアリは、彼女の髪の毛や服の中に入り込んでいく……。
彼女は、運良く先生に発見され、病院に連れていかれたのよ。

アリにかまれた傷は、それほどではなかったらしいんだけど、精神的なショックが大きくて入院は長引いたんだって。
水はほとんど飲めなくなり、点滴に頼る毎日だったわ。
水を見る度に、アリの幻影を見てしまうから……。

ある日、彼女は病院から姿を消したの。
そして、どこに行っていたかというとね……。
その事件があった、水道の水を引いている貯水タンクから発見されたんだってさ。

なぜ、わかったかっていうと、その水道を使った生徒が、なにか水が臭いって騒いだからなんだけどね。
聞くところによると、彼女は足を踏み外してタンク内に落ちたそうなの。
えっ? 死因? 水死かって?
うん、そういえばそうなんだけど……。

彼女の体は、水を吸ってかなり膨らんでいたそうよ。
そこまでは、普通の水死体なんだけどね……。
それが、彼女、真っ白になって発見されたのよ。
そう、彼女は漂白剤で脱色されていたの。
髪も、服も、目玉もなにもかも。

なんでも、その貯水タンクを少しでもきれいに消毒しようと漂白剤を山のように入れていたらしいのよね。
その最中に足を滑らせたんじゃないかっていう話よ。
貯水タンクの周りには、たくさんの漂白剤の容器が散乱していたんだって。

彼女、少しおかしくなっていたようね。
そんな物を入れても、タンクや水がきれいになるわけないのに……。
彼女の体は、タンクの中でじわじわと色素が抜け、入れ替わりに水が毛穴からしみ込んでいったのよ。
哀れね……。

それから、あの事件のあった蛇口を使おうとすると真っ白いアリが水と一緒に出てきて大変だったんだって。
それで、生徒が気持ち悪がるので先生方が蛇口を封印してしまったのよ。

みんな、噂したわ。
あれは、彼女の呪いだって。
あら、ごめんなさい。
水道水が、もっと飲めなくなっちゃうような話だったわね。
うふふふ……。
私の話はこれで終わりよ。
さあ、次は誰の番かしら?


       (三話目に続く)