学校であった怖い話
>三話目(細田友晴)
>B9

確かに怖かったけれど、好奇心には勝てなかった。
僕は、ついにそのお茶を飲んでしまったんだ。
でも、その味といったら……。

ウジ虫をすり潰して、ケーキと白あんを混ぜ、泥水で割ったような感じなんだ。
……少しおおげさだったかな。
だけど、とにかくまずいんだよ。
そして、口の中にねっとりとからみつく感じがするんだ。
竹内さんは、微笑みながらいったよ。

「細田君、それが僕の秘密だよ。サンブラ茶を飲めば、とたんにトイレに行かなくてもすむようになるのさ。そして、驚くほど身体の体質が変わるんだ」
竹内さんはそういうと、じわじわと近付いてきた。
彼の息が、僕の頬にかかるほどにね。
……その息は、とても青臭かった。

でもね、なんでか、その青臭さがたまらなく気持ちよかったんだよ。
それで僕は、身をのりだしてその匂いをかごうとしたんだ。
すると……。
僕は、見てしまったんだ。

竹内さんの頬の皮膚の下で、何やら緑色の小さな物体が、モゾモゾと動きまわっていたのをね。
それは、顕微鏡で覗いた時に見える微生物のようなものだった。
竹内さんは、そんな僕の表情を見てとったのかもしれない。

「怖がることはないよ。これは、植物の一種でね。人間の体内に入ることによって活動を始めるんだ。まるで、動物のようにね。そして、こいつらが不浄物を全部食べてくれるんだよ。だから、怖がることはない。少しも怖くないよ」
そんなことをいいだしたんだ。

そういう彼の口の中は、土色をした植物のつるだか根っこのようなもので、びっしりと覆いつくされていたんだよ。
僕はサンブラ茶を飲んでしまったからね。
その時は、僕もそうなってしまうのかと思って、すごく怖かったけれど……。

坂上君。
サンブラ茶は、最高だよ。
実際飲んだこの僕がいうんだからまちがいはない。
ほら、おみやげだよ。
君の為に、ここに持ってきたんだ。

細田さんは、飲物用の容器を取りだして机の上に置いた。
まさか、これは……!
青臭い匂いが鼻をつく。
僕は、恐る恐るその容器を受け取った。
「これがサンブラ茶なんですね」

僕が、容器のふたを開けると……。
大きな黒い芋虫が、中でゴソゴソとうごめいていた。
「うわっ!!」
僕は、容器を放りだしてしまった。
「あっ、ごめんごめん。坂上君、これ、絞ってジュースにするのを忘れていたよ」

細田さんは、謎めいた笑いを見せゆっくりと説明を始めた。
……これは、サンブラ茶の原料さ。
この虫の臓物には、不浄物を餌にする植物が寄生していてね。
虫の体液を煮詰めると、その植物の繁殖エキスが取れるんだ。
それが、サンブラ茶なんだよ。
もちろん、この植物は、人間の不浄物も食べてくれる。

不浄物を食べて分解し、本来は排泄物となるものを、汗に変えてくれるんだ。
このお茶は、飲み慣れるとくせになるという話だったけど、確かにそうだね。
今僕は、竹内さんからいつもこの虫を買っているんだよ……。

細田さんが、僕の肩に手をおいた。
彼の息は、青臭い匂いがした。
そして、口の中にうごめいているものは……!
細田さんは、僕の視線に気付いたらしい。
慌てたように、口を手でおおった。

「坂上君、ごめんよ。サンブラ茶を味わわせてあげられなくて。今度ちゃんと作ってくるからさ。そうしたら、君もトイレにいかなくてすむんだよ……」
細田さんがしゃべる度に、青臭い匂いが僕の鼻をつく。
冗談じゃない。
そんな得体のしれないものなど、飲めるわけがない。

彼の話はもう終わりにしてもらって、早く次の話を……。
足元が、ちくりとした。
なんだろう……?
見ると、落とした容器からはいでた虫が、僕の足の上を……!

なんてことだ。
僕は、サンブラ茶の原料の虫にさされてしまった。
慌てて足を振り、虫をよけた。
しかし僕の靴下には、あかい血のあとがプツプツとうかびあがっていた。

………。
細田さんは、それを見てにやりと笑った。
「君、今虫にさされたね?」
そういって、嬉しそうに肩をふるわせた。
どうしよう。
虫にさされて、僕の体に変化が起こったら……。

「僕の話は、これで終わりだよ……」
細田さんはサンブラ茶の虫をつまみ、本当に嬉しそうにつぶやいた。
「坂上君、次は、誰の話を聞くんだい?」
なんてことだ。
僕は、しばらく何もいえなかった。

…………。
でも……。
僕は、サンブラ茶を飲んだわけではない。
変なことなんて起こらないだろう。
大丈夫。
きっと、大丈夫だ……。
僕は、胸にしこりを残しながらも、次の人の話を聞くことにした。
「それでは、次の話を……」


       (四話目に続く)