学校であった怖い話
>三話目(細田友晴)
>C9

それでも、僕は飲まなかった。
竹内さんは、僕ににじり寄ってきた。
相変わらず顔は笑っていたけれど何だかとっても怖い雰囲気だったよ。

「さあ、遠慮することはないんだよ。そのお茶を飲めば、途端にトイレに行かなくてもすむようになるのさ。そして、驚くほど身体の体質が変わるから。壮快だぜ。さあ、騙されたと思って飲んでごらんよ」

竹内さんの息が、僕の頬にかかるところまで迫ってきていた。
竹内さんの息は、とても青臭かった。
その時だった。
僕は見てしまったのさ。

竹内さんの頬の皮膚の下で、何やら緑色の小さな物体がモゾモゾと動き回っているんだ。
顕微鏡で覗いたときに見える微生物のようなものがさ。
よほど近くで見ないとわからないよ。
僕の表情を、竹内さんは見て取ったのかもしれない。

「怖がることはないよ。これは、植物の一種でね。人間の体内に入ることによって活動を始めるんだ。まるで、動物のようにね。そして、こいつらが不浄物を全部食べてくれるんだよ。だから、怖がることはない。少しも怖くないよ」
そういう竹内さんの目は、常人のものじゃなかったよ。

そして、僕は見たんだ。
竹内さんの眼球の中にまで、緑色の小さな虫のようなものが、うごめいていたのをね。
僕は、怖くて動けなかった。
その時の竹内さんの顔を、僕は一生忘れない。

「……最初、少しむずがゆいかもしれない。
こいつらは、皮膚の下で活動するからさ。
血管を食い破り、血液と一緒に全身を駆け巡るとき、少しだけ吐き気を覚えるかもしれない。

けれど、なあに、最初だけさ。すぐに慣れる。
飲み慣れることが大事なんだ。あとは、気分がすっきりするからさ」
竹内さんは、そう言いながら僕の身体を押えつけた。
そして、サンブラ茶を無理やり僕に飲ませたんだ。
「うげっ!」

僕は、思わず吐き出した。
そのまずいことといったら……とても、口では言い表せないよ。
昆虫を噛み潰して、その中から出てくる体液を、舌を使って口いっぱいに押し広げるような感覚…………。

あの味は、きっとそういうものに近いんじゃないかな。
トイレに行かなくなる代わりに、人間じゃなくなってしまう。
植物との合成人間さ。
いや、あのお茶を飲むと、植物に乗っ取られてしまうのかもしれない。
竹内さんは、僕に青臭い息を吐きかけた。

「僕は君と仲よくなれそうな気がするんだ。
なあ、細田君?」
そう言ったとき、口が大きく開いたんだ。

口の中は、土色をした植物のつるだか根っ子のようなもので、びっしりと覆い尽くされていた。
それが口内の肉に食い込んで、ビクビクと震えていたよ。

そして、喉の奥には苔のようなものがびっしりと生えた芋虫のような生き物が顔を覗かせていたんだ。
あれは、植物なのか、動物なのか、それとも昆虫だったのか……?
「うわあっ!」
僕は、竹内さんを突き飛ばすと、急いで家を飛び出した。

自分の家に帰ってからも、しばらくはガタガタ震えていたよ。
何といっても、二、三日の間、あの味が口の中から消えなくてね。
何も食べられなかったよ。
何を食べても、あの味が口いっぱいに広がってしまって……。
数日間は、学校も休んだよ。

何とか体調がよくなって学校に行ってみると、竹内さんは急に転校してしまったという話しだった。
僕は、竹内さんの家に行ったことも、そこで起こった出来事も誰にも話さなかった。
僕が体験した話をしても、誰も信じてくれないだろうしね。

この話をするのは、今日が初めてなんだ。
坂上君。
君が、もしあのとき僕の立場だったら、どうする?

快適な肉体と引換えに、人間であることをやめてしまうかい?
もし、君が得体の知れないお茶をどこかで勧められたとしても、めったに手を出さないほうがいいと思うよ。

この世には、まだ僕たちでは理解できないことがたくさんあるんだからさ。
……実を言うとね、今僕はあのサンブラ茶を捜してるんだ。
竹内さんの家に行っても、もう引っ越したあとで、わけてもらえないし……。

あのとき、一度飲めば慣れるって言った竹内さんの言葉を、最近になって妙に思い出すんだ。
まずいんだけれど、また味わってみたくなることってあるんだね。
いや、今度はおいしく飲めそうな気もするんだよね、なぜか。
それに、気のせいだとは思うけれど最近、妙に身体が痒くてさ。

皮膚の下に、何かがいるような気がして、たまらないんだよ。
あのときすぐに吐き出したけれど、もしかしたら知らず知らずのうちに、少しサンブラ茶を飲んでしまっていたのかもしれない。
そして、それが長い年月をかけて、僕の身体になじんできてしまったのかもしれない。

……気のせいだとは思うよ。
ほら、僕の口の中を覗いてごらんよ。
変なものは何も見えないだろ?
……大丈夫。
僕はまだ人間だ。

でも、坂上君。
もし君がどこかでサンブラ茶の噂を聞いたら、絶対に教えておくれよ。
お願いだからさ。
これで僕の話は終わるけれど、……約束だよ、坂上君?


       (四話目に続く)