学校であった怖い話
>三話目(岩下明美)
>A9

一瞬にして、絵は燃え上がったわ。
激しい勢いで、火柱が何メートルも高く立ち昇った。
恐ろしいことに、その炎は乗り出していた先生を巻き込んでしまったの。
美術部の人たちが、あわてて消そうとしたんだけど、無理だったわ。

火だるまになった先生は、苦しみのあまり転げ廻っていて、近づけないのよ。
しばらくすると火は弱まったんだけど、そのときにはもう、先生は動かなくなっていた。
空気が凍りついたような沈黙を、突然誰かの悲鳴が破ったわ。

その人は、例の肖像画を指さしていた。
……確かに火がついたはずなのに、肖像画には焦げ跡一つ、ついていなかったの。

それだけじゃないわ。
火をつける前は確かに未完成のままだったのに、いつの間にか絵は完成していたのよ。
まるで、先生の命を吸い取ったみたいに。

……それからは、誰もあの絵を燃やそうなんていわなくなった。
そうよね、誰だって死にたくないもの。
それで、あの肖像画は今でも、美術室にあるというわけ。
でも……ときどき、あの絵から変な音が聞こえるらしいのよ。

ゴオーッていう何かが燃える音と、それに混じって誰かが泣いてるような、笑ってるような声。
あれは、燃えた先生の声なのかしら。
それとも、絵を完成させた彼女が喜んでいるのかしらね。

……これで私の話は終わりよ。
それじゃあ、美術室に行って、あの絵を戻してきましょうか。
ひょっとしたら、何か聞こえるかもしれないしね。

……さあ、ここよ。
ああ、絵はちゃんと壁に掛かったままね。
坂上君、悪いけど、壁からあの絵を外してくれないかしら。

岩下さんは、そんなことをいって、にこにこと笑っている。
馬鹿にされたみたいで、僕はなんとなくムッとした。
だから、少し怖かったけど、そんな素振りも見せずに絵に近づいた。
……何か、声が聞こえた……気がした。
そんなはずはない。

岩下さんがあんな話をするもんだから、ついそんな気がしているだけなんだ。
そうに決まってる。
…………やっぱり聞こえる。
何かが燃えるような音に混じって確かに人の声らしいものが。

僕は思わず、まじまじと絵を見つめた。
……目が動いた!
絵であるはずの女の人の目が僕を見た!!
他はみんな油絵なのに、そこだけまるで本物の人間みたいに立体的でリアルな目玉。
僕は悲鳴をあげた。
逃げ出そうとしてしりもちをつく。

「うふふ……どうしたの、坂上君たら」
笑いを含んだ岩下さんの声が、すぐ後ろでした。
「あんな話をしたから、怖くて幻覚でも見たのかしら。案外、気が小さいのね」

僕は何もいえなかった。
岩下さんは、何も見ていないんだろうか?
あんなにハッキリと、目が動いたのに。

けれど、もう一度見てみた絵には、おかしなところはない。
岩下さんのいうとおり、僕は怖くて幻覚を見てしまったんだろうか。
岩下さんは、まだ、にこにこしている。
「さあ、それじゃあ戻りましょう。
この次は誰が話してくれるのかしら?」


       (四話目に続く)