学校であった怖い話
>三話目(福沢玲子)
>A4

怖いの?
結構、恐がりだったのね。
でもさ、よくあるわよね。
道のど真ん中に生えている木とかその木が切れなくて、そこだけ避けてある建造物とか……。
あれって、やっぱりなにか事情があるからでしょ?

木を切ることが出来ないのは、みんな一緒だけど、それにまつわる事情については、それぞれ違うとは思うけどね。
それでね、例の桜のことなんだけどちょっと興味ない?
木は頭いいんだからさ、普通に育った木なら、事情を理解してもらえば、怒ったり邪魔したりしないんだよね。

何か事故が起きてしまうのは、ちゃんと木に事情を説明しないか、それとも悪霊が宿っているかのどっちかよね。
私は、そう思うのよ。
でもね、あの木にはちゃんと事情を説明したんだよ。
他へ移すだけだから、絶対に木を傷つけたりしないってこともね。
私、そう聞いているもん。

けれど、それを納得してくれなかったということは、やっぱり悪霊が宿っているのかしらね。
あの桜には、いろいろな噂があるんだよ。
その話をしてあげる。

まだ、旧校舎が使われていた頃の話よ。
といっても、その頃はもうあの桜もかなり年数が経っていたでしょうけど……。
普通の桜で普通の花を咲かせていたわ。
当時、一年生だった東条深雪さんは、おとなしい子で友達のあまりいないようなタイプだったのね。

けど、けっして暗いわけじゃないんだよ。
それには、理由があったの。
仲のいい友達がいたから。
彼女の友達って、その例の桜だったんだって。
ばかげてるって?

うん、確かにばかげているんだけどみんな昔の子でしょ?
ただの、ロマンチストな子なんだろうって思ってただけみたい。
その頃は、みんなと少し外れた子がいても、今のようなひどいイジメとかなかったと思うし……。

朝、彼女は学校に来ると、桜におはようのあいさつをして、休み時間には会いに行き、お弁当はそこで食べ、放課後には学校の門が閉まるまで桜の側にいたの。
雨が降っても、雪が降っても、真夏の暑い日でもいつもね……。

桜の根元に腰をかけて、いつも楽しそうに独り言をつぶやいていたって。
だからなのか、どうかはしらないけれど、毎年見事な花を咲かせていたそうよ。

桜にも、気持ちが通じたのかしら……。
カメラマンが、桜の写真を撮りに来たこともあったそうね。
そうして、平和な二年間が過ぎ、卒業式が間近にせまっていたある日のこと。
クラスメートが、その桜の木の下で彼女と、もう一人の人影を見かけたんだって。

しかも、男の子。
「東条さんて、進んでるのね。見かけには、よらないわ。だから、いつもあそこであいびきしていたのね」
東条さんは、おとなしいからそんな浮いた話が出たこともないのよね。

彼女が、桜の下にいつもいるっていうのは、みんな知っていたけれども、特に注意して見ていることがなかったから、今まで気がつかなかったんだね。

でも、そんなことってあると思う?
だって彼女、授業中以外はほとんどそこに入り浸っていたんだから、いくらなんでもみんながそのことに気づかないわけないよね?
私も、そう思うんだけどね。
それがね、ちょっと違ったの……。

確かにクラスメートが目撃したのは、彼女と、男の子だったんだけどちょうどその時告白されていた場面だったんだよ。
彼女は、そのことを悩んだわ。
別に、彼に問題があったわけじゃないんだけどね……。

なんでかって?
彼女も、その桜も、お互い接しているうちに、友達を越えた感情を持つようになっていたのね。
頭が変じゃないかって?
だから、さっきいったじゃない、植物には感情があるんだって……、精霊が宿ってるって……。

きっと、植物が好きな人や、感受性が豊かな人や、霊感の強い人は木と話が出来るのよ。
告白されたことで、彼女、やっと気づいたんじゃない?
自分は人間で、相手は桜の木なんだってことに……。
あれから、桜の下で泣いている彼女を目撃したっていうクラスメートもいたし……。

ほら、アイドルのすっごいファンで、追っかけとかしていたのに、実際にボーイフレンドが出来て現実に目覚めてしまう子とかっていない?
対象は違うけど、彼女もそうだったのね。
彼女、桜に卒業を機会に、もうそばにはいれなくなるっていったらしいわ。

それと、好きな人ができたってことも……。
それ以来、彼女は桜の木には近づかなくなったの。
そして、卒業式の前日、やはり気になっていたんでしょうね……。

彼女は放課後、そっと桜の様子を見に来たの。
「本当にさよならなのね……。
もう、私がいなくても大丈夫でしょう?」
そして、そっと桜の幹に寄り添ったの。
彼女は目を閉じ、

「この桜は、こんなに暖かかったかしら?
幹の中から何かが流れている音が聞こえる。
……人間と一緒なのね。こうしていると、桜の花の香りに包まれているようだわ」
と、つぶやいたわ。

だんだん西の空が赤く染まってきて、東には星も見える……。
いつもより、空が近く感じるのは気のせい?
だんだん気が遠くなっていく……。

翌朝、東条さんの名前が書かれた靴が桜の木の根本に転がっていたそうよ。
しかも、不思議と桜が満開だったって。

東条さんね、あれから行方不明になっちゃったんだけど、クラスメートたちは口々に、彼女は、あの桜の木に飲み込まれたっていってたんだって……。
あの桜は、離れていってしまう彼女を、どうしても引き留めたかったのね。

どうせなら、一緒になってしまえばと……。
取り込まれてしまった彼女の意識が、最初はその一部だったのが、いつの間にか桜全体を支配して、しまいには桜そのものになってしまったんでしょう。

夕刻に、あの桜に近づくとね、
「私に気づいて……。私はここにいるわ」
って、ささやきが聞こえてくるそうよ。

だから、動かされることさえ拒み続けているんじゃない?
そうね、悪霊というよりも彼女の強い気持ちが働いて、その桜を説得することが出来ない原因の一つになっているんでしょうね。

あの桜、旧校舎の裏にあるからあんまり人目には触れないんだけど、普通の桜の花より濃い色をしているんだよ。
遠くから見ると、赤い霧のように見えるの。
これで、私の話は終わりよ。
じゃあ、次の人どうぞ……。


       (四話目に続く)