学校であった怖い話
>四話目(荒井昭二)
>D7

僕はね、何を思ったのか自分でもわからないんですが、唾を吐きかけたんですよ。

その化け物に向かってね。
そしたら突然、ガラスを爪で引っかくような甲高い声を発して、そいつが苦しみ始めたんです。
僕の唾が引っかかったところが、まるで硫酸をかけたように、ぶすぶすと焦げて煙が立ちのぼったんですよ。
僕はびっくりしました。

そいつは、そのまま空中に溶けるようにしてかき消えてしまいました。
死んだのか、それとも逃げたのか……それは僕にはわかりません。
そいつがいなくなって初めて、僕は慌てて掛け布団の中から、だらんと投げ出されている袖山君の腕をつかんだんです。

「袖山君!」
僕は、思い切り引っ張りました。
そして、愕然としたのです。
袖山君はいませんでした。

掛け布団の中から出てきたのは、袖山君の右腕だけだったのです。
肩の付け根から先にあるはずの、袖山君の身体はなかったのです。
……正確にいうならば違いますね。

肩の付け根に、植物の球根のようなものがついていました。
手のひらに乗るほどの、小さなものでした。
それが、袖山君だったんです。
しわくちゃになって、しなびて固くなった袖山君の成れの果てだったのです。

右腕だけが、普通のままだったのが不思議なくらいでした。
袖山君は、身体の養分を吸い取られてしまったんでしょうか。
そして、もう少し僕が発見するのが遅かったら、最後に残った右腕の養分も吸い取られてしまって、しわくちゃの固まりだけが残ったのでしょうか。

袖山君の話をしても、誰も信用するはずがありません。
だから、僕は黙っていました。
黙っていても、袖山君がいなくなったのは事実ですし、最後まで一緒にいたのは僕なのですから、事情聴取を受けると思いました。

でも、何もなかったのです。
袖山君が寝ていたのが4番ベッドだという話が出た途端、僕は校長先生に呼ばれました。

夏休みだというのに、わざわざ校長先生が学校まで来たんですよ。
そして、
「君は、何も見なかった。あそこでは何もなかったのだ。いいね?」
と、念を押されたのです。
あの事件が、どうやって処理されたのか僕にはわかりません。

しかし、それ以来袖山君の姿は見ませんでしたし、二学期になっても学校に来ませんでした。
そして、あのしなびた袖山君の成れの果てがどうなったのかも、僕にはわかりません。
……それが、僕がサッカー部をやめた直接の原因です。

……ところで、あのあと、僕は4番ベッドの噂を人づてに聞きました。
何でも、4番ベッドを使用した人は行方不明になるんだそうです。
けれど、あのベッドを片付けようとすると悪いことが起きるので誰も手を出せないのだそうです。

でも、僕が見たあの化け物は何だったんでしょうか。
校長先生は、何かを知っているのでしょうか。
しばらくたって、ある本で読んだんですけど、妖怪の中には、人間のツバに弱いものもいるそうですね。
もしかしたら、あいつもそうだったのかもしれません。

でも、あいつが死んだとは思えないんです。
あんなことで簡単にいなくなるような奴なら、今までに誰かが退治しているはずですからね。
坂上君、あなたも宿泊施設を使うときが、いつか来るかもしれませんよ。

その時、4番ベッドが今もあるかどうか確かめてください。
きっとあると思いますけど。
でも、くれぐれも注意しておきますよ。
4番ベッドは使わないように……。
これで、僕の話を終わります。
次の方、どうぞ。


       (五話目に続く)