学校であった怖い話
>四話目(荒井昭二)
>F8

僕は、あなた程の礼儀しらずには会ったことがないですよ。
まったく、許し難いことです。
僕は、今わかりました。
この話をやめてはいけないとね。
あなたが聞きたくなくても、ここに集まった皆さんは続きを聞きたいはずです。

僕は、話を始めた者の責任として、最後まで語りますよ。
あなたにではなく、他の方のためにね。
それでは皆さん、聞いて下さい。

僕は、袖山君の腕をしゃぶる化け物に対し、何もすることができませんでした。
緊張の為身動きできず、ただ黙って立ちつくしていたのです。
すると化け物は、袖山君の腕に再び口をつけ、ちゅうちゅうと吸いだしたのです。

どのくらいの時間がたったでしょうか。
しばらくして化け物は、満足したような顔をしてすっと消えてしまいました。

そこで僕は、慌てて袖山君に駆け寄りました。
「袖山君! 大丈夫……!?」
すると袖山君は、僕を一睨みすると、ベッドから起き上がりどこかへ行ってしまったのです。
僕は、完全に嫌われたと思いました。
そして……。

合宿が終わった次の日の部活から、袖山君は人が変わったようになりました。
はっきりとした顔つきになり、言動もストレートになって、僕と一緒に二軍でぐずぐずしていた彼とは思えない様子でした。
……その時僕は、直感したのです。

これは、あの化け物のしわざではないか、と。
合宿中の袖山君は具合が悪そうでしたが、その後はずいぶん元気になっていましたから。

彼の具合が悪かったのは、単に合宿の内容が辛かったからだったのでしょう。
最初、袖山君は化け物に生気を吸い取られたのだと思っていました。

しかし、袖山君の様子を見ているうちに、違う考えが浮かびあがったんです。
化け物は、袖山君の気弱な心を吸い取ったのではないか、と……。
昔、何かで読んだ気がします。
そういう怪がいるということを。
人の悪い夢を食べたりするものもいるようですね。

そこで僕は、例の4番ベッドに、そのことを確かめに行ったんです。
立ち入り禁止の宿泊施設に入りこんで。
それで僕は、どうしたと思います?
……驚かないで下さいね。

僕は、4番ベッドに寝てみたんですよ。
僕だって、もっと積極的になりたいっていう思いは少なからずありましたからね。
そうしたら……。
出てきたんですよ。

例の化け物が。
化け物は、ゆっくりと僕の腕を取り、手の甲を吸おうとしました。
僕は、もちろん抵抗しませんでしたよ。
あんな化け物が側にいるのはすごく怖かったですけれどね。

皆さん。
あれは、素晴らしい体験でした。
化け物の恐ろしさが気にならなくなるほど、僕は気持ちよかったんですよ。
袖山君が、あの日4番ベッドに寝たがった気持ちがよくわかりました。

ええ。
僕は、化け物が満足するまで、手の甲を吸わせてやったんですよ。
それで、どうなったかというと……。

「あ、荒井さん……?」
荒井さんが、席を立って僕に近付いて来た。
「そろそろあなたにも話をしてあげましょう。
坂上君。いいことを教えてあげますよ。
あの化け物は、人の気弱な心を吸い取るわけではなかったんです」

「荒井さ……」
どうしたのだろう。
僕は、身動きできない。
荒井さんの目線に、囚われてしまったように……。

「坂上君、あれは、人間の良心を吸い取る化け物だったんですよ。
それで僕は、あいつに善の心を吸い取られてしまったってわけです。
しかし、現実にこんなことがあっていいんでしょうかね。

不思議です。
実に不思議ですよ。
僕は、いまだによくわかりません。
4番ベッドはとにかく恐ろしいベッドです」

荒井さんの手が、僕の首筋を捕えた。
「そういえば、坂上君……」
荒井さんは、口を左右に大きく開け、悪魔のような笑いを浮かべた。

「さっき、僕のことを散々ばかにしましたね。
僕はね、良心を吸い取られた男です。
だから、何でもできるんですよ。
そうですね、例えば……」

荒井さんは、いきなり僕の首を絞めつけてきた!!
「うごっ……!」
皆は、突然のことに何をしていいかわからないようだった。
「きゃーーーーっ!!」
女子の叫び声。

「坂上君、僕がサッカー部を辞めた本当の理由を教えてあげますよ。
実は、辞めたのではなく辞めさせられたんですけれどね。
ちょっと、暴力問題を起こしましてね。
だって、僕には良心が無いんですから。
暴力の一つや二つ、ふるいたくなりますよ。

僕がいくら支配される側の人間だといっても、どんなことでも我慢するってわけにはいかないんです。
ははははは……おや、どうしたんです?
返事もできないんですか?
あなたは本当に礼儀知らずですねえ……。

ああ、首が締まって声もでないんですか……」
荒井さんの声が、耳元でじんじん響く。
僕は、もう何にも考えられなくなっていた。
意識が遠くなっていくのみだ。

もう、彼が何をいっているのかも分からない……。
先輩………。
なんで、こんな人を呼んだんですか………?
気がつくと、僕は保健室のベッドの上にいた。
首を絞められ、気を失ってしまったらしい。

「ああ、坂上君。さっきはすまなかったね」
荒井さん……!?
荒井さんが、僕を保健室に運んでくれたらしい。
「さっきはすまなかったね。
みんなは、もう帰ってしまったよ。
君がずっと寝ていたからね。
さあ、僕達も帰ろう……」

僕は、体を起こした。
なんだか頭が痛い。
僕が立ちあがると、荒井さんが手をかしてくれた。
今の荒井さんは、穏やかな表情をしている。

だが、油断できない。
ここで彼を怒らせるようなことをいったら、又ベッドの上に逆戻りだ。
気を付けるんだ。
気を付けなければ……。
荒井さんは、にっこりと微笑んだ。

「あ、荒井さん。
僕、一人で帰ります。
保健室に運んでくださって、ありがとうございました」
僕は、慌てて一人で帰ろうとした。

すると荒井さんは、一瞬怒ったような顔をしたが、すぐに又微笑み……。
黙って僕の首に手を伸ばした。
今度は、手加減なしかもしれない。

僕は、再び自分が誤った方法をとってしまったことを感じた。
絞め殺される。
僕は絞め殺される。
そんな予感が、僕の心を支配していった。
僕は首を絞められながら、あとどのくらいの時間でこの苦しみがなくなるのだろうと、頭のどこかで考えていた……。


そしてすべてが終った
              完