学校であった怖い話
>四話目(荒井昭二)
>L3

「そうかい。
誰にもいわないんだね。
約束だよ……」
逆さ女はそういうと、スルスルと上にのぼるように消えていきました。
僕はそれまで、あんなに不気味な声を聞いたことがありませんでした。
彼女の声は、カエルのようにつぶれていたのです。

次の日、僕は、彼の後をずっとつけまわしました。
彼が逆さ女との約束を破らないかどうかが心配だったのです。
袖山君は、誰にもいいませんでした。
そうして、一日は無事に終わったのですが……。
その日の夜です。

再び、逆さ女が現われました。
そして、こういうのです。
「おまえは誰にもいわなかったね。
ほうびとして、いいことを教えてやろう。
誰か、信頼できる人に私と会ったことを話してみるといい。
そして、私の正体を尋ねてみるといい……」

逆さ女はこれだけいい終えると、又もやスルスルと消えていきました。
次の日袖山君は、練習の合間に僕を呼び出し、逆さ女の話をしました。
僕は、彼のもとに逆さ女が現われたことを知っていました。
ですから、彼の相談を嬉しく思ったものです。

彼にとって、僕は信頼できる人だった。
それが、嬉しかったのです。
しかし、悲劇はその時起きました。
彼が僕に逆さ女の話をしおえた途端……!!

「おまえは、約束を破ったね……」
逆さ女が、袖山君の背後に現われたのです。
そして、彼を背中から……。

血しぶきが飛び散りました。
逆さ女の顔や手も、血にまみれています。
「やめ……ぐわあ……っ!!」
逆さ女は、袖山君の身体をどんどん切り刻みました。
僕は、彼の血を顔いっぱいに浴び、何が起こったのかよくわからない状態になっていました。

血が目に入ったため何が起こっていたのか確かめるすべがなかったのです。
しかし……。
足元に何かがごろりとあたった感触は覚えています。
それには、糸のようなもじゃもじゃとしたものがついていました。

まるで、人間の髪の毛のようなものが。
僕は思いましたよ。
これは、もしや……。
袖山君の、首では……とね。

それから、僕は気を失ってしまいました。
気がつくと僕は、焼却炉の前に倒れていました。
周りを見回し、立ち上がろうとすると……。

焼却炉の炎の中に、手のようなものが燃えているのが見えたのです。
あれは、きっと袖山君です。
逆さ女に切り刻まれ、焼却炉に投げ込まれてしまったんでしょう。
僕は、それから逆さ女について調べました。

資料は、宿泊施設のベッドの下の方の壁にありました。
昔、逆さ女にあってしまった人が書いたものでしょう。

そこには、恐ろしい事実が記されていました。
逆さ女は、殺人鬼の妖怪だったのです。
彼女はまず獲物に対し、約束をしようとするんです。

約束は、どんなものでもいいんですが、たいていは秘密を守れ、というものだそうです。
そして、約束を破った人を後で殺しに来るんですよ。

恐ろしい話です。
逆さ女は、宿泊施設のどのベッドに出るかわかりません。
だから、油断ならないんです。
あの施設を利用する時は。
逆さ女に殺されない方法は、一つだけです。

彼女と約束をしないことなんですよ。
約束をしなければ、彼女との約束を破るということはできませんからね。
又は、約束を破らないことです。
ですが、彼女との約束を破らないようにすることは非常に難しいと思います。

彼女は、あの手この手で獲物が約束を破るように仕向けるんですから。
彼女は、約束を破った人以外は殺しません。
殺せないんですよ。
なぜかって?

彼女は、正当化する理由がないと殺人をおかすことができないんです。
約束を破ることが、殺人の理由になるかというと、ちょっと……とは思いますけれどね。
彼女は、約束破りは殺す、というモットーをずっと貫いてきた妖怪ですから。

これについては色々な噂があるんですが、どうやら逆さ女は、生まれた直後にある事件を見たことがきっかけで、ああなってしまったということです。

その事件というのはですね、逆さ女の母親の妖怪が、父親の妖怪を殺してしまった、というものです。
その時母妖怪は、父妖怪が約束を破ったから殺したんだ、だから悪いのは父妖怪なんだ、といいはったそうです。

それで、逆さ女の心には、約束を破った人を殺さなければならないという考えが定着してしまったということなんですよ。
袖山君は、逆さ女との約束を破った為に殺されてしまったんです。
どういう事だか分かりますか?
逆さ女は、彼女のことを誰にも話さないという約束を袖山君にさせました。

「誰か、信頼できる人に私と会ったことを話してみるといい」
ともいいましたが、これはただのアドバイスです。
約束ではありませんでした。
袖山君は、だまされたのです。
彼女の罠に引っ掛かり、誰にも話さないという約束を破ってしまったのですから。
坂上君。

僕が、サッカー部を辞めたのは、こういうことがあったからなんです。
僕は、目の前で切り刻まれた袖山君のことが忘れられないんです。
そんな嫌な思い出のあるサッカー部に、留まることはできなかったんですよ。

坂上君。
あなたも、あの宿泊施設に泊まることがあったら、気を付けた方がいいですよ。
いいですか、逆さ女とは、絶対に約束をしてはいけません。

さもないと……。
あなたも、袖山君と同じ運命をたどることになるでしょう……。
僕の話は、これで終わりです。
それでは、次の方お願いします……。


       (五話目に続く)