学校であった怖い話
>四話目(細田友晴)
>K5

「霊を……、霊を感じるのかい?
さあ、どこのトイレから感じるんだい」
細田さんは、得意げに僕に聞いた。
「あそこの便器から……」
僕は指さした。
「そうかい、じゃあ一緒に入ってみようか」
細田さんは、嬉しそうだ。
その時、

「悪いんだけど、僕が一緒に入りたいなぁ。上級生の僕がいうんだから、ゆずってくれるよね」
新堂さんが、横から口を出した。
やった、細田さんと入らなくてもいいんだ。

「でも……、まあいいでしょう」
細田さんは、新堂さんの押しの強さに負けたようだ。
「さあ、坂上君、一緒に入ってみよう」

新堂さんにうながされて、僕はトイレの中に入っていった。
カチャリと、彼がトイレの鍵をかけた。
新堂さんは、ぐるりとトイレの個室の中を見回すと、ふと動きを止めた。
そして、そのまま動かなくなってしまった。

「……どうしたんですか?」
僕は、彼に聞いてみた。
彼は、僕の問いかけにも答えず、ずっとあのままでいる。
沈黙が続く……。
それでも、彼にはなにか思うところがあるのだろう。
僕も、しばらく彼につきあうことにした。

だんだん、僕の口の中に唾が溜まってくるのがわかる。
僕は、思わず唾を飲み込んだ。
「ゴクリッ」
あっ、しまった!
こんなに大きな音がするなんて……。
僕は、新堂さんをちらっと見た。

彼も、ゆっくりと僕の方を見た。
新堂さんは、笑っていった。
「君、下を見てごらん」
僕は、いわれたとおり下を見た。

「……なんだ!?」
今まで便器があったところには、ぽっかりと穴が開いているじゃないか。
その穴は、どこまでも下に続いているように思えるほど黒かった。

「僕たちは、いつもここから出入りしているんだよ」
いったいこの人は、何をいっているんだろう。
「実は君が気に入ってしまってね。
一緒に君を連れていこうと思うんだ」
新堂さんが、おかしくなってしまった!

「助けてくれ!」
僕は、とっさに叫んだ。
「ははは、叫んだってむだだよ。みんなは、そこで眠っているさ」
彼は、そう言った。
僕は、次の瞬間息を飲んだ。

僕の目の前には、新堂さんではなく人型のゴキブリが触角をクルクル回していたんだ。
黒光りした皮膚や、腕のギザギザが生々しい。
「こいつの体を俺が支配したのさ。
まだ俺は人間の姿でいるときが多い。しかし、そのうちこいつと同化してしまえば、人間の姿に戻ることもなくなる。ふははは!」

そいつは、そういった。
じゃあ、新堂さんの体はいつかこの姿のまま、元に戻ることもなくなるのか?
新堂さんをこのままほおっておくわけにはいかない。
勇気を出すんだ!!

僕は思い切って、彼にタックルを食らわせた。
「ぐえっ」
すると、よろめいた彼の口や鼻からもやっとしたものが飛び出た。
その、もやっとしたものはしばらく宙に浮かんで、トイレの穴へと素早く消えていった。
「う、ううーん」

あの変なものが抜けたせいで、新堂さんは元の姿に戻ったらしい。
「新堂さんしっかり!!」
「僕は、なんでここで倒れているんだ?」
新堂さんはいった。
どうやら、自分があいつの姿になったときの記憶はないらしい。

僕はトイレの鍵を開け、急いで新堂さんを引きずり出した。
そして、そこに倒れているみんなを起こした。
「早く逃げるんだ!」
僕は、みんなをせかした。

嫌な予感がして、僕は後ろを振り返る……。
そこには……。
黒く開いた穴から、ゴキブリがザワザワと湧き出てきていた。
そのゴキブリは、我先にと仲間を蹴落としながら這い出していた。
そして、そのゴキブリたちはいっせいに僕たちに向かって飛びかかってきた。

「きゃーーーー!」

急いで、全員廊下に出るとトイレの入り口のドアを思いっきり閉めた。
標的を失ったゴキブリは、ドアの向こうでカサカサともがいている。
「早く部室に戻ろう!!」
僕たちは無我夢中で走り出した。

その時、僕は新聞部員としての使命を感じていた。
怖い話は、こうでなければいけないと自分に言い聞かせて……。
端から見れば、僕はちょっと信じられない神経の持ち主に見えるかもしれない。
これじゃ、人のことを変だなんていえないな。

「もちろん怖い話は、まだ続けますからね。
そのつもりでっ!」
僕は、走りながらみんなに言っていた。


       (五話目に続く)