学校であった怖い話
>四話目(福沢玲子)
>H6

もちろん、諦めるわけないよね。
それから毎日、深山先生の所に行って指輪を返して下さいといいつづけたの。
でも、そんなある日……。
二人は、行方不明になっちゃったの。

二人って石川さんと深山先生よ。
……何が起こったと思う?
彼女が深山先生に復讐をした?
違うわよ。
なんと、二人は駆け落ちをしていたの。

びっくりした?
深山先生は、彼女が毎日訪ねてくるたびに、指輪は返さない、おまえが好きだからだ、っていいつづけていたみたい。
そして、塞ぎこんでいた彼女を、懸命に慰めていたんだって。
俺がついている、っていって。

そんなこといわれても……って思うでしょ?
でも、二人はくっついちゃったの。
石川さん、恋人が亡くなって寂しかったのね。
深山先生に好きだといわれたり、優しくされているうちに、気持ちが傾いちゃったんだよね。

坂上君。
何やってんだか、とか思う?
でも、こういう心理って実際経験してみないと分からないよね。
私、思うんだけどさ。
石川さんは、心の支えが欲しかったんだと思う。

実は、すごく弱い人なんだよ。
でも、坂上君が、死んだ彼の立場だったらどう思う?
………。
あのね、亡くなった小倉くんは、黙って見てはいなかったの。

石川さんと深山先生が駆け落ちした日、彼女の指輪から、血が滴り落ちてきたんだもん。
まるで、涙のようにね。
その時ルビーの指輪を持っていたのは、深山先生だった。
スーツのポケットに指輪を入れたままでいたから、裏地に血がべっとりついちゃってね。

もう大騒ぎよ。
それで、これがひどいんだけどさ。
あれだけ石川さんを口説いていた先生が、血のついたスーツを見ようとして近寄った彼女を、いきなり振り払ったんだって。

先生、怖くなっちゃったのね。
そして、気味が悪いと思ったみたい。
それで、その日のうちに、彼女から離れちゃったの。
駆け落ちは、一日で終わっちゃったってわけ。
指輪は、彼女のもとに返された。

そして石川さんと深山先生は、翌日からまた学校に通いだしたの。
同時にいなくなったのは、偶然だと言い張ってね。
二人が離れたら、指輪から流れていた血の涙が止まったわ。
そして、この一件があってから、彼女は前にもまして笑わなくなっちゃったの。

「この先どんなことがあっても、僕の気持ちは変わらない……」
小倉君が、最期にいっていた言葉が思い出された。
この先どんなことがあっても……。
甘い言葉よね。
そういうのって、どう思う?

深山先生は、指輪の件だけで心変わりしてしまった。
彼女も、好きだった彼を失った悲しみを忘れようとして、深山先生について行こうとした。
でも、小倉君は……。
「この先どんなことがあっても、僕の気持ちは変わらない……」
そう、いっていた。
そういう人だった。

彼は、指輪から血の涙を流しただけ。
そのほかは、何もしてないわ。
何にも、悪いことをしてないもの。
だから、この件で深山先生の性格が分かってよかったのかもと、彼女は思ったの。
そして、ルビーの指輪を、またはめたの。
そしたら……。

ねえ、坂上君。
好きな人とは、近くにいたいって思わない?
いくら近くにいても、もっと、もっとって思うものよね。
人によっては、そうでないと思う人もいるかもしれないけど……。
亡くなった彼氏は、そういうタイプだったみたい。

私がなんで、こんなこというか分かる?
……指輪が、外れなくなったのよ。
石川さんの指から。
彼女、最初はそのことに気付かなかった。
だって、指輪をはずそうなんて思わなかったんだもん。

家ではもちろんつけていたし、学校に通うときは薬指に包帯を巻いてね、隠していたの。
包帯の下には指輪があるんじゃないかって、疑った先生もいたわ。
でも、彼女がそのことを問い詰められると指輪から血がでてきてね。
包帯に、赤い血がしみだしてきたの。

それを見た先生は、引き下がらずをえなかった。
もし、本当に指輪をしていたとしても……。
血の出る指輪よ?
かかわろうと思う人は、いないわよね。

そうして月日は流れた。
彼女は、その後何となく恋人をつくる気がしないまま毎日を送っていたの。

だけどある日、又彼女にいいよる男が現われてね。
いつまでも、いなくなった人のことだけを考えていてはいけない、って彼女を説得したの。

その男性は、しっかりしていい人だったみたい。
彼女も、ずっと暗く沈んだままではいけないと考えていたし……。
それで石川さんは、指輪をはずしてみることにしたの。

ルビーの指輪には、思い出が多すぎたからね。
そしたら……。
外れないのよ。
指輪が、指から取れないの。
そして、ルビーの指輪からは、また血の涙が……。

怖いよね。
でも彼女は、怖いなんて思わなかった。
そのとき確信したの。
彼の、強い想いを。
自分が、こんなにも深く愛されているんだってことを。
彼女は、死に際の彼を鮮明に覚えていた。

あのときの彼の手。
力のかぎり、彼女を握ろうとした手……。
それで、決心したの。
一生、彼を想って生きていこうって。
すると、その瞬間……。

そう、彼女のルビーは、ホワイトサファイアに変わったのよ。
そして、そこから流れ落ちる涙も、赤から透明な色に変わってね。
彼の純粋な気持ちを表すような、透き通った涙に変わったの。
同時に、指輪が外れて……。
彼女の指から、するりと抜け落ちたの。

サイズはあっていたんだけど、誰かがはずしたようにするりと抜けて、床に落ちたのよ……。
事情を知らない人が見たら、呪いが解けたなんて思うのかもね。
でも、呪いうんぬんじゃないのよ。

彼女が、彼への想いと共に生きていくって決めたから、指輪の拘束は必要なくなったの。
彼は、彼女の気持ちがとても嬉しかったのよ。
だから、透き通った涙を、純粋な涙を流したの。

……でも、そんなの、いつまでもつのかな。
話を聞いていて分かると思うけど彼女の性格じゃ、今後どの男性にも頼らずに生きていくなんて、考えられないと思う。
また、誰かに優しくされたら……。
一生彼を想って生きていこう、っていう気持ちを変えてしまったら……。

一途な彼のことだもん。
何があるか、分からないと思わない?
彼は、彼女の想いを信用して指輪の拘束を外した。
その信頼を裏切ったら……。
本当に、何があってもおかしくないよ。

「この先どんなことがあっても、僕の気持ちは変わらない……」
これって甘い言葉。
でも、同時に怖い言葉でもあるよね。
彼の気持ちは、確かに変わらなかった。
そして、この先もずっと……。

坂上君。
あなたも、本当に好きな人ができたら、ルビーの指輪を贈ってみれば?
彼ほどの強い気持ちがあったら、血の涙の拘束ができるかもよ。

うふふ……。
じゃあ、次の話を聞きましょうか。
そうそう、さっきいった十三階段の話が聞きたかったら、旧校舎を見てきてからにして。
ね?
じゃ、次は誰が話してくれるの?


       (五話目に続く)