学校であった怖い話
>五話目(新堂誠)
>H8

わからないって……。
おまえ、真剣に聞いてるのかよ。
まあいいや。
俺が見たのはな……。

あのトランプさ。
正確にいうと、トランプじゃない。
トランプの裏に描いてある、半分ドクロの女なんだ。
俺は、自分の目を疑ったぜ。
こんなことってあるか?
何と、あの女がトランプから抜け出しているじゃないか。

気持ち悪いったらなかったぜ。
女といっても、頭だけだぜ。
ピンポン玉ぐらいの大きさで、干し首のようにも見えた。
そして、首から下はないんだ。
ないというよりも、首の下には小さな触手のようなものがびっしりついていて、それがざわざわ動いているんだよ。
その触手を動かして、歩くのさ。

一枚一枚のカードから、全部抜け出しているようだったから、五十体はいたんだろうな。
そいつらが、いっせいに俺を見た。
そしてキィキィキィキィ、甲高い声で泣き出したんだ。
「新堂! 見るな!」
大倉は、そいつらを覆うようにして隠した。

けれど、隠し切れるもんじゃない。
そして、俺は硬直して目線を動かすことさえできなかった。
大倉は、何をしていたと思う?
ナイフで指の腹を切って、そいつらに血を飲ませていたのさ。
大倉の五本の指に、頭だけの小さな女がしゃぶりついていたからな。
異様な光景だったぜ。

半分は、真っ白なドクロじゃないか。
それなのに、血がそんなにうまいのか残り半分の顔が、嬉しそうに微笑んでるのさ。
目を細めて、半分白目をむいてな。
「こいつらは、人間を食わなきゃ生きていけないんだ。時間がないんだよ。どうしても、五十三人の人間の魂がいるんだよ!」

大倉は、そんなことを叫んでいた。
俺は、その女達の魔力に包まれたのか、一歩も動けなかったよ。
「新堂! 頼むよ!
 俺のために死んでくれ!」
大倉の左手の指には、女の頭がむしゃぶりついてるだろ。
ナイフを握った右手を俺に向かって振り上げたのさ。

その時、俺は正気に戻った。
女達の魔力が解けた気分さ。
「やめろ!」

俺は、大倉を思い切り突き飛ばした。
「ぎゃっ!」
倒れ方が悪かったのか、ナイフは大倉の腹に突き刺さっちまった。
それと同時だった。

「キャキャキャキャキャ!」
女達の歓喜の声が響き渡ったのさ。
そして、奴らはいっせいに大倉の腹に、かぶりついたんだ。
「やめてくれっ! 約束通り、餌はやる! この契約書がある限り、お前たちは餌に困らないだろ!
餌は俺じゃな…………」
もう、大倉は逃げられなかった。

腹からゴボゴボと噴き出る血のプールで、女達は嬉しそうに泳いでいたよ。
血まみれになって、ケタケタと笑いながら喜んでいたよ。
いくつかの頭は、大倉の腹をかっさばき、その中にもぐり込んで踊っていた。
死んだ昆虫に群がる蟻の大群のようだった。

「うあーーーーーっ!」
俺は、大声を張り上げると、無我夢中で逃げ出した。
あとのことは覚えていない。
俺が、大倉を殺したんだ。
今でも、あの映像が目に浮かぶ。
……そのあと、大倉がどうなったかって?

不思議なことに、俺が教室で目撃した惨劇は、何もなかったかのように、跡形もなくきれいになっていたのさ。
大倉は、行方不明ということになった。

家にもいなかったしな。
こつ然と、みんなの前から姿を消しちまったのさ。
その本当の理由を知っているのは俺だけだけどな。

……でもな、最近思うんだ。
あれは、幻だったんじゃないか、と。
少なくとも、俺にはそう思わせてくれよ。
そうでなきゃ、俺は人殺しになっちまうんだぜ。
あの女達が何者だったのか、俺にはわからない。

きっと、あのトランプが、あいつらの家なんだろうな。
そして、ふだんは、カードの裏にべったりと貼りついて潜んでいるんだろうな。
もっとも、あのカードも契約書も今はどこにあるのかわからない。

けれど、あのとき、契約を交わした連中は、どうなるんだろうか?
魂を食うって、どうやって食うんだろうか。
大倉は魂を食われたから、死体も残さずこの世から消えちまったんだろうか。
もし、あの出来事が現実で、あの女達がみんなの契約書を持って逃げてたとしたら……。

いや、やめよう……そんなことを考えるのは。
大倉が、あいつらとどんな約束を交わしたのかも、俺には興味のないことだ。
ただ、俺は今でもトランプをやるとき、裏に描いてある絵だけはよく見ることにしてるんだ。

もしその絵が、気味の悪い絵だったら……。
俺は間違いなくそのトランプを破り捨てるさ。
これで、俺の話は終わりだ。
……いよいよ、最後の話だな。
聞かせてもらおうか。


       (六話目に続く)