学校であった怖い話
>五話目(岩下明美)
>A9
彼女は、思い切って声を出したの。
全身を不安が包んでいるせいか、声はすごくうわずってしまった。
「……もしもし」
それでも相手は何もしゃべらない。
「え? 何?」
でも、よく耳をすませると、何だかとても小さな声が聞こえてきたわ。
「…………と……づ……」
彼女は受話器を耳に押しつけて、何をいっているのか聞き取ろうとした。
声は、こういっていたわ。
「……もっと……もっと……耳を近づけて……」
子供みたいな声だった。
幼い女の子のような声。
彼女は、ぴったりと耳に受話器を押しつけたわ。
痛くなるほどね。
その時だった。
「ぎゃーーーーーーっ!」
矢口さんは悲鳴を上げ、受話器を放り投げたの。
思わず耳に手を当てたら、すごく熱かった。
そして、ヌルッとした液体が手のひらにべったりついたじゃない。
血だったわ。
彼女は腰が抜けてしまって、その場にへたり込むと、もう動けなかった。
投げ出されてブランコみたいに揺れている受話器を見ると、耳に当てた部分が、真っ赤に染まっていた。
そして、受話器の中からは、どろどろの白く濁った液体が吐き出されていたの。
白く濁った液体は赤い血に混じって、薄桃色できれいだった。
その液体が地面に滴り落ちると、ジュッと音がして、一筋の煙が立ちのぼった。
そして、つーんと酸っぱい匂いが鼻をついたの。
……酸?
それは、何かを溶かしてしまう強烈な酸のように思えた。
どうして受話器からそんなものが出てくるのかわからない。
血まみれの耳を押さえる手が、もうベタベタになっていた。
耳の感触はまったくなかった。
そこに耳があるのか、もう溶けてなくなってしまっているのかさえわからないほどに。
彼女は、逃げようとしたわ。
それでも、腰が抜けていてうまく立てない。
全身を引きずるようにして受話器から離れようとした瞬間。
突然、受話器が襲ってきたの。
まるで、生き物のようだった。
コードが伸びると、ぐるぐると首に巻きついてきた。
苦しくて、叫ぼうと思って大きく口を開けたら、いきなり口の中に受話器が飛び込んできたの。
白く濁った液体をどろどろと吐き出しながらね。
「うーーーーーーっ!」
彼女は、口に受話器を押し込められ、声にならない声で叫んだ。
口の中が、ふつふつと焼けただれていくのがわかった。
あまりの苦しさに舌を動かすと、その液体が舌に絡みつき、こがしていくの。
そして、コードはぐいぐいと首を締め上げる。
それをはずそうともがけばもがくほど、コードは嬉しそうに首に食い込んだわ。
彼女は白目をむき、操り人形のように手をばたつかせた。
……そして、事切れた。
彼女の死は、変質者による殺人ということで片付けられたわ。
ふた目と見れない姿で死んでいたそうよ。
まるで口の周りの肉を丸ごとむしり取ったようで、骨が丸見えだった。
そして、口の中は焼けただれて、腐ったように変色していたの。
首には、しっかりと電話のコードが巻きついていた。
……結局、伊達君は、この事件のあった魔の三日間の間、一度も彼女と電話で話していないそうよ。
そして、伊達君のお母さんもね。
でも伊達君は、自分が矢口さんを殺したことに気づいていない。
だってそうでしょ?
クラブで遅くなった日、もし伊達君があの公衆電話から彼女の家に電話をかけなかったら、彼女は死なずにすんだ。
彼女が死んだのは、そのせいね。
あの電話にすんでいる悪魔は、きっと矢口さんの声を気に入ったんじゃないかしら?
矢口さんの声って、とてもきれいだったから。
それで、あんないたずらをして、彼女を自分の世界に引きずり込んだ。
私は、そう思うの。
……あなた、笑ってる?
私の話を信じていないんじゃないかしら。
まるで、私が見てきたように話すから。
でも、私は知ってるわ。
何でかって?
私は、本人から聞いたのよ。
だって、彼女から電話がかかってくるんですもの。
矢口さんからね。
時々、私の電話って、混線するの。
それで、死んだ人の声とか聞いてしまうの。
矢口さんは、死んでも電話が好きみたいね。
電話に殺されたのに。
でも、彼女、伊達君のことを恨んではいないそうよ。
よほど彼のことを愛していたのね。
でもね、伊達君が彼女のことを裏切ったら、殺すっていってたわ。
笑いながら、受話器の向こうで楽しそうにね。
ほかの女の子を好きになったら、遠慮なくこっちの世界に連れていくって。
女はね、……怒らすと怖いのよ。
ねえ、坂上君。
あなた、私の彼氏になるっていったでしょ。
私、あなたに一目ぼれしちゃったんだから。
今晩、電話する。
毎日、電話してあげる。
大丈夫あなたの電話番号なんて、聞かなくても調べればすぐにわかるから。
待っててね。
電話の時間を決めましょうか?
何時がいい?
九時?
それとも十時?
私のこと裏切らないでね。
裏切ったら、遠慮なく殺しちゃうわよ。
私って、独占欲が強いから。
うふふふふ……。
そろそろ、この集まりも終わりね。
六人目の話を聞いたら、一緒に帰りましょうね。
もちろん、私の家まで送るのよ。
もう、夜もかなり遅くなったから。
うふふふふ……。
(六話目に続く)