学校であった怖い話
>五話目(岩下明美)
>B9

声を出すのもためらわれて、彼女は黙っていたの。
すると、受話器の向こうで声が聞こえた。
「………………るよ……」
「えっ?」
遠かったけど、確かに聞こえたの。

彼女は受話器に耳を押し当てた。
「なんですか? なんていったの?」
その耳元に、今度は息づかいさえ聞こえそうなほど近い声が聞こえたの。

「僕はここにいるよ……」
矢口さんはぎくりとしたわ。
「僕はここにいるよ……」

繰り返すその声は、続いてとんでもないことをいい出したのよ。
「君の、すぐ後ろに……」
矢口さんは振り返ろうとした。
でも、できないの。
首の筋肉が固まってしまったみたい。
そしてついに、とうとう本当に背後から息が吹きかけられた。

「僕はここにいるよ……」
体温さえ感じられそうな、とても近い声。
耳の、ほんの数センチ横で、話しているような気さえしたわ。
でも、声は受話器から聞こえるのよ。

誰だか確かめたい。
でも振り向けない。

そのとき、彼女は電話の上にかけてある鏡に気づいたの。
これなら、振り向かなくても正体を確かめられる。
彼女は鏡を使って、自分の背後を見たわ。

そこには…………誰もいなかった。
誰もね。
でも、耳元の息づかいは聞こえるの。
そいつはいったわ。
「君の声をちょうだい……」
矢口さんは悲鳴をあげた。

そして、気を失ったの。
次の日発見されたとき、矢口さんは声をなくしていたわ。
きっと、恐ろしい目にあった精神的ショックのせいだろうって、お医者はいったそうよ。
でも、そんなんじゃない。
あいつに声を奪われたんだって、彼女は信じているの。

いつだったか、伊達君が矢口さんにあそこから電話をしたじゃない。
そのときに、きっと気に入られてしまったのね。
だから、あそこで天気予報か番号案内にかけると、機械じゃなくて、矢口さんの声が聞こえるっていうわ。

私は、まだ試したことないけど。
これで私の話は終わりよ。
六人目の方、どうぞ。


       (六話目に続く)