学校であった怖い話
>五話目(岩下明美)
>AE4

彼女は、当然のように東山君の家に向かったわ。
本当の恋人同士みたいにね。
不思議なもので、東山君は、彼女の存在がだんだん不思議じゃなくなってきたの。

前から知っていたような気さえする。
そりゃそうよね。
彼女は、東山君がでっち上げた架空の恋人にそっくりなんだもの。
それで、なんのためらいもなく、彼女を家に上げたのよ。

家の中でも、彼女の態度は変わらなかった。
何度も遊びに来て、よく知っているといわんばかりだったの。

東山君の部屋に行くと、さっさと座り込んだわ。
それがまた、いつもここに座っているって感じの自然さでね。
東山君は、もうすっかり警戒を解いていた。

遊びに来た恋人と会っているような気がしてたんじゃないかしら。
それでも、ほんの少しの正気は残っていた。

だから聞いたの。
「君は誰だ?」
すると、女の子は悲しそうな顔をした。
「なんでそんなことを聞くの。私は、あなたの恋人になりに来たのに……」

そういって泣き出してしまったの。
東山君は、急いで側に行ったわ。
そして、彼女を慰めようと肩に手を……。

その瞬間、毛が逆立つような感覚がした。
彼女の体は、氷のように冷たかったの。

あわてて引っ込めようとする腕を、彼女の冷たい手がつかんだ。
彼女の顔は、東山君のすぐ側にあったわ。
でももう、かわいい女の子なんてものじゃなかった。
人間の皮をかぶった、何か別のもののように見えたの。

「冷たくて驚いた……? だって、あなたの心の中に、女の子の体の温度なんて知識、なかったんですもの……」
彼女は、東山君と向き合った。
「でも残念……もう少しでうまく行ったのにな。失敗しちゃった」

グニャリと、彼女の顔が歪んだわ。
それといっしょに、声もひしゃげたの。

ヘリウムガスってあるじゃない。
あれを吸い込むと、奇妙な声になるのよね。
……そんな感じだったって。

その声で、彼女はしゃべり続けるの。
「私を恋人だと信じれば、幸せな気分のまま死ねたのにね。私も、その方がよかったのよ……だって、幸せの絶頂にある魂って、とってもおいしいんだから」

彼女がペロリと舌なめずりをしたわ。
それで、東山君は気づいた。
彼女は自分の恋人じゃない……それどころか人間でさえないのだと。
でも、もう遅かったのよ。

彼女の凍りついたくちびるが、東山君の首筋を捕らえた。
それと同時に、彼の体から抵抗する力が消えてしまったの。
すべての神経が、首筋に集中していたわ。
冷たいような、熱いような、くすぐったいような感覚。

これが「魂を食べられる」ってことなら、まんざら悪くもないんじゃないかって思えるような…………ね。
「想像力豊かな人間の魂って、やっぱりおいしいわ。大切に食べてあげるからね……」
東山君の首をくわえながら、彼女がつぶやいたわ。

それを聞いて、東山君は奇妙に満ち足りた気分になったの。
そしてそのまま……死んでしまったのよ。

「……わかったかしら。架空の恋人なんて作ると、ろくなことがないのよ」
岩下さんは、そういって微笑んだ。
「でも、恋人がほしい気持ちはわかるわ。もしも坂上君がその気なら、私がなってあげてもいいのよ……」

片手を、僕の手に重ねる。
ひんやりと、氷のように冷たい手。
「!!」
思わず息を呑む。

岩下さんは、そんな僕を見てククッと低く笑いをもらした。
「あら、ごめんなさい。あなたも、女の子の体温を知らなかったのね……私ったら、彼女の失敗を繰り返すなんて」
たぶん僕以外には聞こえない、小さなささやき声。

岩下さんの瞳が、冷たく光った。
けれど次の瞬間。
「……うふふっ、これで私の話はおしまい。坂上君、私を恋人にするって件、考えておいてね」
岩下さんは笑って、席に着いた。

でも、僕はしばらく動けなかった。
今のは、岩下さんの冗談だったんだろうか?
それなら、あの氷のような手は!?
わからなかった。
すべてが悪い冗談に思えた。

だけど、もし岩下さんが僕を狙っているとしたら……。
岩下さんは、意味ありげにこっちを見つめている。
パニックを起こしそうな自分を押さえ、僕は最後の一人に向き直った。


       (六話目に続く)