学校であった怖い話
>五話目(岩下明美)
>AF4

二人は、近所の公園へ行ったの。
夕暮れどきでね、ブランコも滑り台も、紅く染まっていたわ。
女の子は、そこで東山君を振り向いたの。

「……私を覚えてる?」
彼女はそう聞いたわ。
でも、東山君にはチンプンカンプンだった。
だから、正直にそういったの。
「そう……」
彼女は悲しそうにうつむいた。
いけないことをしたような気がして、東山君は彼女をのぞき込んだわ。

「ごめん。前に会ったことがあるなら、教えてくれないかな」
「……本当に覚えてないの?」
そういった彼女の顔は、なんだか異様な雰囲気だったわ。
紅すぎる夕日のせいだったかもしれないけれど。

「恋人だっていったのは、偶然だったの? 私の特徴をいってくれてると思ったのに」
「なんのことだよ。確かに君は、僕のいってた恋人の条件にピッタリだけど……」

東山君はたじろいだわ。
彼女のこと、少し危ないと思ったのね。
だから、つい、いってしまったの。

「本当のこというと、俺には恋人なんていないんだ。今までいってたのは、ただのでっち上げさ。だから君に似てるのも、単なる偶然なんだ!」
サッと彼女の表情が変わったわ。

「偶然? 覚えていてくれたんじゃなかったのねっ!?」
腕が伸びて、東山君の首を締めつけた。
「ひどい……ひどいわ。私を忘れてしまうなんて!!」

彼女はそういい続けながら、ぐいぐいと東山君を締め上げるの。
女の子の力なんかじゃなかったわ。
意識を失いかけた東山君は、死を覚悟した。
そのとき、彼女が不意に力を緩めたの。

東山君は地面に倒れた。
「本当に、忘れちゃったんだね……」
悲しそうに、彼女がいった。

そして背中を向けて、公園を出ていこうとしたの。
東山君は、その背中に見覚えがあったわ。
幼い頃によく遊んだ……。
「いくちゃんだ!」
東山君の声に、彼女はハッと振り向いたの。
「思い出したの、東山君!」

そう、彼女は小さい頃、近所に住んでいた女の子だったのよ。
「ごめんね……東山君がいってた恋人って、私のことだと思ったの。
違うってわかったらカッとなっちゃって……」
「俺こそごめん。どうして君のこと、忘れたりしたんだろう」

東山君は、首を絞められたことも忘れて謝ったわ。
考えてみれば、昔、彼女のことが好きだったのね。
だから、彼女のことを忘れた後でも「理想の恋人」として意識に残っていたのよ。

そういうと、彼女は恥ずかしそうに微笑んだそうよ。
「ありがとう……嬉しいわ。もう二度と、私のこと忘れないでね」

そして、背中を向けて駆け出した。
東山君が呼び止めたけど、振り向かなかったんだって。
彼女はそのまま公園を出て…………。

そしてね。
東山君の見ている目の前で、こつ然と消えてしまったのよ。
東山君、頭を殴られたような気がしたって。

なんで彼女が近所からいなくなったのか。
なんで彼女を忘れてしまったのか。
なんで彼女に、あんな力があったのか。

……その瞬間、すべてを思い出したの。
すべてがわかったのよ。
どういうことかって?
……彼女は、十年以上昔に死んでいたのよ。
交通事故でね。

それからすぐに、彼女の家族は引っ越してしまった。
小さかった東山君には、友達の死が理解できなかったのよ。

大好きな友達に、もう会えない……。
そのショックは幼児には大きすぎて、だから忘れてしまったのね。

人間って、あまりにも大きな精神的ダメージを受けると、それを忘れてしまうことがあるんですってね。
精神が壊れてしまわないための自衛策なんでしょうね。

東山君は…………実は私の年上の従兄なんだけど、そう話してくれたわ。
……まあ、そういうことなのよ。

どうして架空の恋人がいけないといったか、わかるでしょう?
架空なんて、あなたがそう思っているだけで、本当は違うかもしれない。
突然その子が現れたとき、あなたが東山君みたいな態度を取ったら……。

東山君の「いくちゃん」のように、途中で気を変えるやさしい霊だとは限らないのよ。
わかったら、もうあんな嘘はやめることね。

……私の話は終わりよ。
次はいよいよ、六話目ね。


       (六話目に続く)