学校であった怖い話
>五話目(福沢玲子)
>Q7

僕は、しばらく様子をみることにした。
どうしてそんな残酷なことをしたのか、自分でもよくわからない。
でも、手出しはできなかった。

目の前で起こっていることが、とても信じられなかったからだ。
すると……。
ロッカーが、再び開いた。

「助けて!! 助けて坂上君!!」
福沢さんが、ロッカーの中から僕に手をさしのべた。
「助け……!」
再びロッカーが閉まる。
福沢さんの手は、扉にバタンと押し込まれた。

そして……。
物音がしなくなった。
まるで、中に入った福沢さんが消えてしまったかのように。

「……福沢さん?」
僕が、恐る恐る彼女の名前を呼ぶと……。
ロッカーの扉が、大きな音をたてて開いた。
まるで、僕の問いかけに対して返事をしたかのように。

そして、ロッカーの中は……。
水で、びっしょりと濡れていた。
プールの水のような匂いが、僕の鼻をついた。

なんてことだ。
福沢さんは、確かにロッカーの中に引きずり込まれたはず……。
なのに、なぜ消えているんだ?

僕は、とにかく走りだした。
逃げなければならない。
この、呪われた部室から。
女子水泳部部室のドアを開け、外に踏み出すと……。
「うわああーーーっ!!」
ドアが、いきなり僕の首を挟んだ。

「ぐ……が……」
声が出ない。
苦しい……。
僕の身体に、冷たい手のようなものが触れた。

だが、振り向けない。
僕の首は、しっかりとドアに挟まれている。
いや、つぶされている……。
「た、助け……」
だが、僕の声は虚しくかすれていった。

消毒剤の匂いがする。
僕の、足の方から。
痛い。
胸が苦しい。
もう泳げない……。
………泳げない?
何だ?
僕は、一体何を考えているんだ……?

そうか。
これは、瀬戸さんの呪いなんだろうか……。
僕は、静かに目を閉じた。
瀬戸さんの心が伝わってくる。
深い、悲しみが伝わってくる。
そうだ。
瀬戸さんは水泳が好きだった。
なのに、もう生きた身体で泳ぐことができないんだ……。

僕は、悲しみに身をゆだねた。
そして、水に身をまかせるように、身体の力を抜いていった。
……そうするしかなかった。
彼女の悲しみを身体中で感じながら、脱力するしかなかった。

力を抜くたびに、ぴちゃぴちゃという音がし、僕の身体が溶けていくような感じがした。
僕の身体は、だんだん水になっていく。
水になっていく……。
僕は、部室の床を濡らすのだろう。

そうして又誰かが、水泳部部室の謎について噂するんだ。
誰も使っていないのに、びっしょり濡れていると……。
犠牲者は、僕や福沢さんだけではないのだろう。
今までにも、好奇心でロッカーを探った人が、何人も水になったのだろう。

瀬戸さんの思いは、純粋で、残酷だ。
まるで、水のように。
そう、美しい水のように……。


そしてすべてが終った
              完