学校であった怖い話
>六話目(荒井昭二)
>B7

坂上君て、結構きついんですね。
そんなこと、いわなくてもいいじゃないですか。
ええ、僕は情けない人間です。
それは認めましょう。

でも、僕の立場になったら、きっと坂上君も彼のいうことを聞くことになったと思いますよ。

僕は、金井君に見張られながら、急いでカバンに荷物をしまいました。
廊下は、静まり返っていました。
いつものその時間には、下校しようとする生徒でごった返しているのに、なぜかその時は人影もなく、静まり返っていたんです。

僕は、金井君と肩を並べて歩き始めました。
誰もいない廊下を……。
「……僕、今日、死ぬんだ」
いきなりのことでした。
何を思ったのか、金井君がそんなことを呟いたんです。
僕は、なんて答えていいか、わかりませんでした。

何も答えないでいると、金井君は一人で話し始めました。
「……僕ね、この二、三日、ずーっと人形の姿が見えるんだ。今はもう、僕も知っているよ。この学校では、毎年一人、人形のために生けにえを差し出さなきゃならないんだろ?」

そして、僕のことを見たんです。
僕の体は震えていました。
僕は、金井君を直視できませんでした。
なぜか、罪悪感を感じていたんです。

金井君は、僕を責めているように思えてならなかったんです。
人形の話を知っていながら、教えなかったことを恨んでいるように思えてならなかったんです。

僕に、責任はありません。
僕が悪いわけでもありません。
それに、人形の話を知ったのも、彼が生けにえだとわかったあとのことですから。

それなのに、足がすくんでしまい、歩いていてもまるで自分の足ではないみたいでした。
僕は、息苦しくて死にそうでした。
僕は黙って口をつぐみ、ただ足を事務的に前に出すことが精一杯でした。

「……人形が、僕を呼ぶんだ。人形は、どうして僕を呼ぶのかわからない。どうして、僕が選ばれたのかも……。でも、呼ばれているのは事実なんだ。そして、もうすぐ死ぬんだ。
人形は離れてくれない。ほら、今も君のとなりにいる。君は今、人形と僕に挟まれて歩いているんだよ」

そういうと、金井君は目をそらす僕の目の前に、にゅっと顔を突き出したんです。
その顔は、笑っていました。
ドクロが笑うと、ああいう顔になるんでしょうか。
とても悲しそうな笑いでした。

僕は金井君と目線を合わせてしまったんです。
「……ほら、今、人形は君の肩に手を置いた。どうした? 荒井君には見えないの? ……君、人形に気に入られたみたいだよ」

逃げ出したいのに、足はいうことを聞いてくれません。
まるで催眠術にかかってしまったように、ただ足が前に出るだけなんです。
恐怖は頂点に達しました。
もし、口を開けば、僕の心臓は口から飛び出したことでしょう。

金井さんは、ひひひ……と笑いました。
笑うと、彼の吐く息が僕の顔に、ふあっとかかるんです。
その息の冷たかったことといったら……。

「……人形は、僕のそばから離れない。家にまで着いてくるんだよ。寝ているときは、ずっと僕の枕元にたたずんでいるんだ。そして、じっと僕を見ている。あれは現実なのか……。それとも夢なのか……。

もう、僕はたまらないよ。風呂に入れば、湯船の中に顔半分だした人形がいるしね。一瞬たりとも、僕のそばから離れてくれないんだよ。もう、死んだほうがいいと思ったときニィッと笑ったんだよ。

そして、頭の中に声が響いたのさ。
明日死ぬから……。それが昨日のことだった。だからね、今日、僕は死んでしまうんだ。そこで、相談なんだけれど……」
彼は、また笑いました。
僕は、もう目をそらすことができませんでした。

「……実は。この生けにえも、来年で終わるんだ。来年、生けにえになる奴が最後なんだよ。人形が、そういっているからね。……そうだよね」
そういうと、ふっと僕から顔を離し僕の左肩に目をやったんです。

僕は、その方向からわざと目を背けました。
何もいないはずの左肩が、ずっしりと重かったような気がしました。
そこに、人形が顔でも乗せていたのでしょうか。
そして、金井君は、再び僕に顔を近づけました。

「……そうだって。それで、君に確認してほしいんだよ。間違いなく、そいつがこの学校にいるかどうかを。
いれば、問題ない。もう、この学校も数々の呪いから解き放たれるんだ。この学校に起こった不思議な事件もなくなると思うよ。そいつの名前は……………………」

荒井さんがその続きを話そうとしたとき……。
部室のドアが、急にガラッと開いた。

「こんな時間に何をしているんだい? ダメだよ、下校時間はとっくに過ぎているんだから。これで、なにか面倒が起きたら私が色々いわれるんだからね」
部室のドアを開けていったのは、用務員さんだった。

「すみません。新聞部の取材にちょっと時間がかかっちゃいまして。もうじき終わりますので、お願いですからもう少しいいでしょうか?」
僕は、用務員さんに頭を下げた。

「……しかたないねぇ。でも、終わったら宿直室に連絡にきてちょうだいね。そうそう、荒井君のお母さんから電話があってね。いやね、もう学校に残っている生徒はいませんよっていったんだよ。そしたら、いやまだいるはずだから伝えてくれって。

さがしたよ、ここにいるんだからねぇ。お母さんが、急用だから早く帰ってこいっていっていたよ」
そういって、用務員さんはちょっとぶつぶついいながら去っていった。

荒井さんはかなり焦っているようで、自分の荷物をまとめ始める。
「荒井さん、話が途中です。生けにえになる人の名前を教えてください」
僕は、彼に食いつくように聞いた。
荒井さんは、そんな僕の言葉が耳に入っていないのか、急いで部室から出ようとする。

僕は、彼の手をつかむと、
「お願いです。その人の名前は!?」
と、問いつめた。
「みんな、くれぐれも気をつけて。僕が話せるのはここまでだから……」
荒井さんは、僕の手をするりと抜けると廊下を逃げるように走って行ってしまった。

そしてふと気づいた。
さっき、彼の手をつかんだ僕の右手に何かがついてる。
僕は思わず手を振り払った。
髪の毛が一つかみ、ごそっとついていたのだ。
人間の髪の毛にしては、ちょっと硬すぎる。

そして思った。
ひょっとしたら、これは人形の…………。
この学校には、何かがある。
きっと、人形がこの学校にとりつく原因だってあったはずだ。

人形といい、校長といい、一体どういう関係があるというんだ。
要するに、あの人形がこの学校に起こる霊現象の元凶だということだろうが……。

人形に、支配された学校なんていい気持ちはしない。
しかし、こんな中途半端な気持ちで、どうしろというのだろう。
僕たちの、この気持ちを……。


       (七話目に続く)