学校であった怖い話
>六話目(荒井昭二)
>D9
「僕のお願いはね……。二人きりであの旧校舎裏の桜の所まで行ってほしいんだよ。さあ、一緒に行こう」
荒井さんは僕の手を取ると、足早に引っ張っていった。
その桜の木は、すっかり青葉が茂ってた。
「ここですよ」
そういって、荒井さんは僕の目の前に立ちふさがった。
すると僕の目を、なま暖かく湿ったものがぬるりと触るのを感じた。
「うわ!!」
僕は思わず叫んだ。
続けざまに、その得体のしれないものが僕の眼球を舐め回すように触れた。
なぜか僕は、なすがままに眼球を舐められた。
僕の目は、薄い膜が張ったようになって一瞬視界がぼやける。
しかし、すぐ直った。
荒井さんは、覗き込むようにこちらを見ていた。
「荒井さん、これは何なんですか?」
そして僕は、はっとした。
白い顔の大きな黒目がちな瞳が、僕をとらえていた。
その顔は、荒井さんの肩の上にあごを乗せてじっと僕を見ている。
その目は焦点が合わないような、そんな風なのだが、それでいてしっかりと僕を捉えて離さない。
そして、次の瞬間その顔はふっと消えた。
「今、君の目を何かが触ったでしょう? あれは、人形が君の目玉を舐めまわしたんです。よかったですね。君は、選ばれたんですよ」
荒井さんは、満面の笑みを浮かべた。
「だって、今、僕の肩に人形の顔があるのが見えませんでしたか?
目玉をしゃぶられて、しかも人形に気に入られると、その姿が見えるようになるんですよ。あれは生けにえのトレードが成功した証拠です」
ちょっと待った、トレードってどういうことだ!?
荒井さんは、たて続けにいった。
「僕は、何かの手違いであの人形に気に入られてしまったんです。しかし、ラッキーなことに、生けにえは交換することができると聞いたんです。チャンスは一回きりだったんです……。ええ、トレード大成功ですよ」
ちょっと待てよ!
僕が……、僕が生けにえになってしまうのか!?
「君は、この学校の呪いを解く最後の生けにえだと、あの人形は言っています。もう、生けにえは君が最後ということですね。君は英雄なんですよ」
荒井さんは人ごとのようにいった。
そんなことってあるか!!
僕は、この学校の呪いが解けなくてもいいから長生きしたいんだよ!
こんなことで、人生棒に振るのはまっぴらごめんだ。
「君もトレードしたい? したかったら、僕と同じようにすれば運が良ければ成功します。えっ、だってこれは一回切りなんですから……」
僕はもう、荒井さんの声を聞く気はなかった。
だって、桜の木の枝にあの人形がぶら下がって僕を見ているから……。
……ほら、あそこに。
そしてすべてが終った
完