学校であった怖い話
>六話目(細田友晴)
>A8

……ほら、近づいてごらん。
見えただろ?
なんの変哲もない普通の時計だよね。
かなり、ほこりをかぶっているけれど。
中を開けてみよう。

……今はもう、電池も入っていない。
だから、動かないんだ。
でもね、この時計は不思議なんだよ。
例えば、針を動かしておくだろ?
すると、いつの間にか十時二十分に戻ってしまっているんだよ。

なぜか知らないけれど、誰かが動かしているのか、この時計は必ず十時二十分を指したまま動かなくなるんだよ。
電池を抜いていてもね。
……さあ、話を続けるよ。

残された六人も、時計を調べてみることにした。
やはり、この時計は壊れていると思ってね。
そして、一人が壁から時計をはずしたとき……。

「うわっ!」
残りの五人が一斉に叫び声をあげたのさ。
見ると、時計をはずした壁のあとに、人の顔のような染みがついているじゃないか。

一瞬、それがドクロのように見えてね。
……でも、よく見るとただの染みだった。
「……脅かさないでくれよ」

壁から時計をはずした一人は、急いで時計を元に戻したんだ。
時計を調べるよりも、その不気味な染みを隠しておきたかったから。
そのとき突然、一人が席を立ち上がったんだ。

「……あのう。僕、トイレに行ってくる」
彼は、よほど我慢していたんだろうね。
腰の辺りをもじもじさせていた。
当然、誰も止めなかったし、何でトイレに行くのをわざわざ断るのか不思議だった。
でも、彼は行きづらそうにみんなの顔を見回したんだ。

そう。
一人で行くのが怖かったんだよ。
すでに誰もいない、静まり返った夜更けの旧校舎。
ここにいるのは、彼ら六人だけだ。
そんな旧校舎をたった一人でトイレまで行くのは、誰だって怖いと思うよ。

でも、誰も彼についていってはくれなかった。
仕方なく、彼は一人で行くことにしたんだ。
長く暗い廊下を、今にも抜けそうな床を渡ってね。
五人は、少しでも早く補習を終わらせようと、プリントと格闘した。
けれど、時計の裏にある染みが気になって、なかなか集中できない。

「……なあ。もう、いいんじゃないか? 誰もプリントが終わっていなくたって先生も怒りゃあしないよ。先生を呼びに行こうぜ」
ついにたまらなくなり、一人が切り出した。
もう、それに反対するものはいなかった。

「……そうしよう。あいつがトイレから戻ってきたら、みんなで先生のところに行こうか」
みんなが、その意見に頷いた。
けれども、彼が戻ってこないんだ。
待てど暮らせど戻ってきやしない。

時計は止まっているから、あれからどれくらいの時間が流れたのかもわからない。
恐怖が精神を支配し、無音のときが流れるとき、その時間はとても長く感じられるものなんだよ。
だから、本当はまだ一、二分しかたっていなかったのかもしれない。

気まずい沈黙の時間が流れた。
「……俺、呼びに行ってくる」
そういって、一人が教室が飛び出したんだ。
「おい……」
彼の背中に声をかけたけれど、もう彼は教室を出たあとだった。
そして、ギシギシと廊下を踏む音が遠ざかっていったんだ。

残った四人は、顔を見合わせた。
みんな、恐怖を感じていた。
まるで、別世界に迷い込んでしまったような、いい知れぬ恐怖に。
旧校舎を出て、校門を抜ければ、そこにはいつもの風景があるはずなのに。

それなのに、なぜかここから抜け出せない不思議な感覚を感じていたんだ。
そして、それはお互いの目を見ればわかった。
みんなは、誰もが同じことを考えているのがわかったのさ。

その時だった。
沈黙を破る悲痛な叫び声が聞こえてきたのは。
みんな、口の中にたまったツバを一気に飲み込んだ。
「……どうしたんだろう」
そして、その声のしたほうに耳を傾けた。

「もう、帰ろうよ! 補習なんかどうだっていいよ!」
その時、女の子が、突然泣き出してしまったんだ。
今まで張り詰めていた緊張の糸が切れてしまったんだろうね。
驚くほど、わんわん泣いたよ。
それこそ、なりふり構わずね。

「そうだね、帰ろう。私も帰ったほうがいいと思うよ。こんな時間まで私たちを放っておく、先生のほうに問題があるもの」

もう一人の女の子が、泣きじゃくる子の背中をさすりながら、提案したんだ。
「そうだな。僕もそう思うよ。帰ったほうがいい」
彼女の言葉に、一人が相づちを打った。
けれど、素直に頷けない人もいたんだ。

「……でも、彼らのことを放っておけないだろ? 少なくとも悲鳴が聞こえたんだよ。助けに行かないのか?」
確かに、友達を見捨てるのは気が引けるよね。
戻ってこない二人は、クラスメートなんだから。

……ねえ、坂上君。
僕たちは、友達かな?
君、僕の友達になってくれないかな?
1.友達になる
2.友達にはならない