学校であった怖い話
>六話目(細田友晴)
>R12

彼は、廊下へ続くドアを開けた。
闇はもう、ほんの数メートル先まで近づいてきていた。
彼はつばを飲み込んで、隣にいる女の子を突き飛ばしたんだ。
彼を信じきっていた女の子は、あっけなく廊下によろめき出たよ。
その足を、闇が捕らえたんだ。

彼女は引きずり倒され、彼を見上げた。
恨めしそうな、信じられないというような目でね。
次の瞬間、彼女は闇に飲み込まれたよ。
バリバリと音を立ててね。
その隙を、彼は見逃さなかった。

闇と反対の方角へ駆け出したんだ。
ヤツから離れて、窓からでもなんでも逃げ出すつもりだったのさ。
幸い、こっちの廊下はねじれていなかった。
走っていくと、非常口が見えたんだ。

助かった!
彼は勢いをつけて、扉にぶち当たったよ。
扉は揺れたけど、開かない。
でももう、他の場所を試している時間はないんだ。
いつ、闇に追いつかれるかもしれないんだからね。

彼は何度も扉に体当たりした。
そしてとうとう、扉が開いたのさ。
勢い余って飛び出した彼を、誰かが抱きとめた。
やっと安全な場所に来たという安心感で、彼は座り込みかけた。

でも、抱きとめてくれた相手は、引っ張って彼を立たせようとするんだよ。
「駄目よ、そんなところで休んじゃあ。あなたの行き先は、こっち……」
聞き覚えのある声。

ハッと見上げると、さっきの子だ。
突き飛ばして、闇に食わせた女の子。
まつげの間には白目も黒目もなくて、ただの闇が広がっていた。

逃げだそうとする彼を、がっしりと捕まえて放さない。
その口元が、小さく笑った。
「いっしょに、行きましょう……」
硬直した彼を、次の瞬間、闇が包んだ。

「……というわけ。次の日になって、先生たちが六人を捜したんだ。でも、誰一人見つからなかった。溶けてしまったみたいにね」
細田さんが話を締めくくった。
さっきより、少し暗くなってきたみたいだ。
僕は思わず、周囲を見回した。

あまり、ここには長居したくない。
「ありがとうございました。じゃあ、これで部室に戻りましょうか」
僕がまとめようとするのを、細田さんがさえぎった。
「待ってよ。まだ、話は終わってないんだ。
どうしてわざわざ、ここまで来たと思うんだい?」

「知りませんよ、そんなこと。もう遅いし、そろそろ解散した方が……」
「ここの闇はね、まだ生きているんだよ」
唐突に、細田さんがささやいた。
「生きていて、まだ食べ物を欲しがっているんだ……ほら」

教室の隅を指さす。
気のせいか、古い床板の上で、闇がうごめいたように見えた。
口の中が、一瞬で乾く。
まさかそんな……気のせいだ。
見えたような気がしただけさ。

……細田さんは、にこにこと笑っている。
「信じたくないんだね。無理もないけどさ、僕がこんな話を知っているわけを考えてごらんよ」
おどけたように、両目をくるりと回す。

すると、目玉が盛り上がった。
まぶたから半分以上飛び出している。
よく見ると、人間の目玉じゃない。
義眼とか……そういう物だ。
コン、コンと固い音を立てて、二つの義眼が床に落ちて転がった。

そしてその奥から、どこまでも広がる無限の闇がのぞいた。
「闇の中は、とても広いんだ。仲間を増やさないと、寂しくてしかたないんだよ……」
闇の目をした細田さんが、近づいてくる。
僕も闇を見つめながら、こうやって仲間を求め歩くんだろうか……?

手足から闇に飲み込まれながら、僕はボウッとそんなことを考え続けた。


そしてすべてが終った
              完