学校であった怖い話
>六話目(細田友晴)
>S12

彼は、女の子に向き直ったんだ。
「今から何とかして、道を切り開くよ。その間に君は逃げればいい」
「でも、あなたはどうするの?」
「君が逃げたら、すぐに後を追いかけるよ」

そうはいったけど、自分まで逃げられるなんて思ってはいなかった。
女の子だけでも……と、思ったんだろうね。
僕だったら、そんな風に考えられないよ。
彼は、廊下へ続くドアを開けた。

闇はもう、ほんの数メートル先まで近づいてきていた。
彼はつばを飲み込んで、自分のカバンを放り投げたんだ。
ぐしゃっという音がして、闇がカバンを飲み込んだ。
あの真っ黒い腹の中には、いったいどれくらいの犠牲者がいるんだろう?

彼は思わず身震いしたよ。
でも、いつまでもこうしてはいられない。
彼は女の子を突き飛ばしたんだ。
女の子は、闇と反対の方角へよろめき出た。

「早く逃げろ!」
そう叫んで、彼は椅子を振り上げた。
そして、闇に飛びかかっていったんだ。
闇は一瞬大きく広がって、彼を包み込んだ。
一瞬、意識が遠のいた。

……本当は、もっと長い時間だったかもしれないけどね。
でも、彼が気づいたときには、そんなに時間が経過したような感じではなかったから。
うん、そうなんだ。
彼は、闇に食べられなかったのさ。

目が覚めると、旧校舎の廊下に倒れていた。
なんで助かったんだろう?
そう思いながら、彼は校舎を出たんだ。
すると、向こうの方から化け物が走ってくるじゃないか。

紫のウロコがびっしりと生えた醜い体に、飛び出た大きな目。
耳まで裂けた口からよだれを流しながら、なんだかわからない言葉を叫んでいたよ。

彼は生命の危険を感じた。
見回すと、野球部がしまい忘れたらしいバットが落ちている。
彼はそれを拾って、化け物に殴りかかったんだ。

頭や肩や腕、どこでもお構いなしに殴りつけた。
何度も何度も、化け物が倒れて動かなくなるまでね。
なんだか、とても勝ち誇ったような気分だったらしいよ。
不意にそのとき、誰かの声がした。
同時に、彼は背後から羽交い締めされた。

こわばった表情の用務員さんだったよ。
「何をしているんだ!」
何って、決まっているじゃないか。
この化け物をやっつけていたんだ。
彼はそういおうとして、化け物の死体を見下ろした。

ところが、そこに倒れていたのは、彼が闇から逃がしてやったはずの女の子だったんだ。
頭から血を流し、ぐったりと目をつぶっている。
一目で、もう生きていないってわかったよ。

「物音がするから来てみれば、君がこの子を殴っているじゃないか!
いったい、なんで彼女にこんなことを!?」
用務員さんが彼に聞いた。
彼に答えられるわけがないよね。
殴ったのは、確かに化け物のはずだったんだから。
でも、違ったんだな。

そうすると、考えられることは一つだよね。
彼の目には、友達の女の子が化け物に見えていたんだ。
だから、女の子が彼を心配して駆け寄ったのに、襲われると思ってしまったんだろう。

闇は、彼を食べる代わりに、彼の視覚を狂わせたんじゃないかな。
どういう結果を生むか、承知の上でさ。
もしそうなら、とんでもなく残酷だよね。
だって、彼の不幸は、それだけじゃ終わらなかったんだから。

どういうことかって?
次の日、先生たちが校舎の中を捜したんだ。
そうしたら……他の四人の遺体が次々に見つかってさ。
みんな、闇にやられたんだろうな。
ひどい有様だったらしいよ。
それも彼のせいになった。

彼のいい分なんて聞かれなかったよ。
なんといっても、現行犯だったんだしね。
その後の彼?
……さあ、知らないけど。
どこかの刑務所とか、少年院とか、そういう所に入れられているんじゃないかな。

話が終わった。
僕はうつむいていた顔を上げて、細田さんを見た。
……そこにいたのは細田さんじゃなかった。
いや、人間ですらなかった。
まばらに生えた毛からのぞく、複眼のような六つの目。

乱ぐい歯がギラリと光った。
「ば……化け物!?」
僕は飛びのいた。
化け物は何かいいながら、こっちに向かってくる。
何かないだろうか?

ヤツに対抗できる武器か何か。
ポケットを探ると、指先に何か固い物が触れた。
カッターナイフだ。
部活で、記事のスクラップをしたときに使ったもの。

僕はそれを構えた。
化け物の腕が、カッターナイフに伸びる。
そうはさせない!
振り回したカッターの刃が、化け物の目を傷つけた!

緑色の血を吹き出して、化け物はゆっくりと倒れ込んだ。
肩で息をしながら、僕は周囲を見回した。
さっきまで、誰かといっしょだったような気がする。
……そうだっけ?
僕は、もともと一人ではなかっただろうか。

そうだった。
僕は一人きりだ。
化け物を倒したんだから、この世界の王は僕だ。
……それにしても疲れた。
僕はあくびをして、化け物の死体の横にうずくまった。

少し眠ろう。
もう、僕を脅かすものはいないんだから。
足元に忍び寄っていた闇が、そのとき笑い声をあげた気がした。


そしてすべてが終った
              完