学校であった怖い話
>六話目(細田友晴)
>V8

そうかい。
それじゃあ、僕が見せてあげるよ。
細田さんは手を伸ばして、時計を壁から外した。
そのとき、時計の影から何かが出てきて、壁づたいに素早く消えた……ように見えた。

気のせいだろうか?
細田さんも、何もいわないし。
「ほら、なんの変哲もない普通の時計だろ」
そういって、僕に時計を見せてくれる。

「そうですね……」
受け取りかけた僕は、それを見て手を引っ込めた。
時計の裏側、つまり文字盤の反対側に、びっしりと黒いかたまりがついていたのだ。

しかも、それはもぞもぞと動いている。
あわてて細田さんを見る。
キョトンと僕を見ている。
彼には、この黒いものが見えていないのか?
少しずつかたまりがほぐれて、指を伝って腕にまで登ってきているというのに?

「どうしたのかい、坂上君。君のために、とっておきの怖い話を用意したのにさ」
そういう胸元にまで、黒いものが登ってきている。
虫だ。
小さな羽アリのような虫が、何千、何万と集まっているんだ。

「変な人だなあ」
そういった細田さんの口から、ボロボロと黒い羽虫がこぼれた。
僕は目を疑った。
でも、不思議そうな細田さんの口から、鼻の穴から、ボロボロと羽虫はこぼれ落ちる。

額に、ピッと裂け目が入った。
そして、その裂け目からも、ブワッと虫がこぼれ出す。
今や、細田さんの全身は、動きまわる虫で黒く埋まっていた。
それでもまだ、細田さんはしゃべり続けている。

「嫌だなあ。こっちへおいでよ」
真っ黒な手が、僕をつかんだ。
あっという間に、何匹もの虫が僕の腕に移ってくる。
ゾッと鳥肌がたった。
振りほどこうとしても、僕の力ではどうにもならない。
それどころか、細田さんは僕を引き寄せる。

「僕はね、君のことが気に入ったんだ。僕たちはきっと、いい友達になれると思うよ」
もう片方の手が、僕の肩を抱く。
真っ黒な顔が、すぐ近くまで迫ってきた。
何百匹もの虫が、僕の体を這いまわった。
チクチクする。

皮膚にかみついているんだ。
体の中に、もぐり込もうとして!?
僕は暴れて、細田さんも虫も払い除けようとした。
けれど、ひざから力が抜ける。
しまった!
虫がかみついたのは、僕の体をマヒさせるためだったのか……。

僕はゆっくり倒れた。
耳元にザワザワと、たくさんの羽根のこすれる音がする。
虫は僕の体に入り込むだろう。
中身を食い荒らし、仲間を増やして、僕の皮をかぶった黒いかたまりになるのだろう。

そう、細田さんのように。
旧校舎の謎は、結局わからなかったな。
死ぬ寸前まで、こんなことを考えている自分が、おかしかった。
笑い声のようなため息をもらし、僕は意識を失った。


そしてすべてが終った
              完