学校であった怖い話
>六話目(福沢玲子)
>L10

先生は、首を振って自分の考えを打ち消したわ。
まだ、ドアの向こうにいるかもしれない。
だから、開けてはならない。
それで、夜になるまで待ったの。

じっと体を固くして、息も殺し、どんな小さな音でも聞きもらさないように耳を潜めて、夜が明けるのを待ったのよ。
長い夜だった。
針が刻む一秒、一秒が、スローモーションのようにゆっくりだった。
そして、近藤先生はいつしか眠ってしまったの。

時間がたつにつれて、緊張感が薄れて、気が緩んでしまったのよね。
でもね、真夜中に不審な物音がして目が覚めたの。
部屋で、ごそごそ物音がするのよ。

それで寝ぼけ眼をこすりよく見ると、目の前に平井さんが立ってるじゃない。
近藤先生、いっぺんに目が覚めたけど、声は出なかった。

「……先生。私、スペア・キー持ってるから、入ってきたの。
ねえ、先生。
私と結婚してくれるっていったのに、どうして冷たくしたの?
許せないわ。先生にはもう、針千本よ……」

薄暗い明かりの中で、平井さんの姿はよく見えなかったけれど、手に持っていた大きなボウルは、きらきら光っていたの。

そのボウルの中には、きらきら光る銀色の針が山ほど入っていたわ。
近藤先生は、考える間もなかった。
平井さん、近藤先生の上唇を引っつかむと、思い切り上に引き上げたの。

「ぐえっ!」
厚い唇が、べりべりと肉ごとはがれる音が聞こえてきそうだった。
とても女とは思えない力で口をこじ開けると、平井さんは口の中にボウルいっぱいの針の山を流し込んだわ。

「……はい、針千本。よく噛んで、よく噛んで、いっぱい食べてね。私の愛する未来の旦那様」
全部、針を流し込むと、その口を閉じてあごを上下に動かしたの。
よく噛めるように。
「んぐ……はぐ……」

口の中にたまった針は、頬の肉を突き破り、赤い針が飛び出したわ。
それでも、平井さんは容赦しなかった。
何度も何度もあごを動かさして、きれいに食べさしてあげたのよ。
そのころには、もう近藤先生もおとなしくなっていた。

「どうしたの? もう眠っちゃったの? せっかくこれから、二人が赤い糸で結ばれているところを見せてあげようと思ったのに……」
そう呟くと、平井さんは、ぐったりした近藤先生の口を開けて中を覗き込んだの。

「……まあ、まだ全部食べてなかったんだ。
こんなに残して……いけない子」
口の中には、数え切れないほどの針が突き刺さっていたわ。
特に舌は針だらけだったの。
平井さんは、その中の一本を引き抜いたわ。

そして、近藤先生の右手の小指を噛み切ると、一本の神経を取りだしたの。
それから、自分の小指から引き出した神経と、近藤先生の小指から引き出した神経を、針を使って器用につないだの。

「……ほら、二人は赤い糸で結ばれてるの。二人の小指と小指が。……ね?」
今まで表情を殺していた平井さんが、その時になって初めて笑顔を見せたわ。
そして、針でいっぱいになった近藤先生のお腹に、顔を埋めて眠ったの。

……今ね、平井さんは病院で生活してるんだって。
いたって普通らしいよ。
私のおねえさん、何度かお見舞いに行ったらしいから。
この話はね、お見舞いに行ったときに平井さんがしてくれたんだってさ。

おねえさんね、私よりも七つ年上なの。
今、二十三才。
OLやってるよ。
でもね、同級生だった平井さんは、まだ十九才なの。
いつまでも十九才で、年をとらないんだってさ。

だって、二十歳になったら死んじゃうんだもん。
平井さん本人がそう思ってるんだから、仕方ないよね。
だから、家族の人たちはね、いつまでも平井さんが十九才だよって話してるんだってさ。
それでね、一生懸命に捜しているらしいよ。

誰をかって?
決まってんじゃん。
近藤真司って名前の人。
近藤先生が死んじゃったでしょ。
だから、代わりの近藤真司さんを見つけないと、平井さんは年をとることができないのよ。

えーと、誕生日や血液型はなんだっけかな。
私、聞いたけど忘れちゃったんだよね。
でも、この際、もうどうでもいいんじゃない?
家族の人が、なんとか似たような人を見つけたら、うまくごまかしてくれるよ。

……ばれたら、平井さんに殺されちゃうかもしれないけど。
ねえねえ、もしあなたの友達に近藤真司って人がいたら教えてくれない?
私が紹介してあげるから。
心配ないって。

あ、そうだ。
この際、坂上君、どう?
大丈夫、うまくやれば、ばれないよ。
早く結婚したいんでしょ。
ちょうどいいじゃん。
平井さんて、すごくきれいだし。

あ、坂上君はルックスはどうでもいいんだっけ。
重要なのは、性格なんだよね。
大丈夫、平井さんて性格、すごくいいから。
なんてったって、一人の男性に尽くすタイプだもん。
お料理も勉強中だっていうし。

なんせ、彼女には、たくさん時間があるんだから。
永遠の十九才だもんね。
これで私の話は終わりだけど……。
……来ないね、七人目。
どうする?
もう、帰ろっか。


       (七話目に続く)