学校であった怖い話
>七話目(細田友晴)
>A7

そうなんだ。
担任の先生に頼まれて、いっしょに教材を取りに行くことになってな。
悪い予感はしたんだが、やっぱり、そこを通ろうとするんだよ。
怖かったよ。
でも理由を話すわけにはいかない。

高校生にもなって、幽霊が怖いなんていえないだろう。
我慢して歩いていたんだが、あと数メートルで霊の壁の前にくる、という時に、とうとう気絶してしまったんだ。
でも、気を失っているとき、不思議な体験をしたんだ。

先生は、真っ暗な中に立っているんだ。
たくさんのうめき声が聞こえる。
耳をすますと、その声は前に聞いたのと同じことをいっているんだ。
「どうして……どうして……」
ってな。

「どうして……どうして……」
一瞬、空耳かと思った。
先生の声に合わせて、壁からか細い声が聞こえた。
ぞくっと背筋が震えた。
本当に声が聞こえるなんて!

僕たちが見守る前で、壁にゆっくりと顔が浮かび上がった。
彫刻のように浮き上がった、真っ白な顔。
「どうして……どうして……」
悲しそうに、つぶやき続けている。
細田さんが、ついつられたように、フラフラと近づいた。

「ねえ、君……」
話しかけられた壁の顔は、その瞬間、カッと目を見開いた。
「どうして私たちが死ななきゃいけなかったのーーーーっ!?」
叫んだその口から、ゴウッと渦を巻いて、炎が吐き出された。

「うわああっ」
細田さんは避ける間もなく、真っ正面から炎を浴びてしまった。
「ぎゃああーーーーっ!」
人間とは思えないような悲鳴をあげて、ゴロゴロと転げまわる。
全身火だるまだ。
駆け寄ろうとしても、炎の勢いが強くて近づけない。

「細田さんっ!」
叫ぶ僕の肩を、黒木先生がつかんだ。
「見ろっ!!」
気がつくと、周囲は一面、火の海だった。
壁が崩れ、柱は折れて、校舎はボロボロだ。
その時、頭の上で飛行機の爆音が聞こえた。

まさか!?
僕の感じた恐怖を、黒木先生が口にした。
「これは、戦争中の学校だ!!」
やっぱり、そうなのか!?
壁の顔が何かしたんだろうか。
でもいったい、どうやって?

いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。
一刻も早く、ここから逃げなければ。
駆け出そうとしたその時、僕の足を誰かがつかんだ。
黒こげになった細田さんだ。
皮がめくれ、下の皮膚がのぞいた顔で、僕を見上げている。

「置いていかないで……」
これが同じ人かと思うほど、声がしゃがれてしまっている。
でも、もう彼が助からないのは見てわかる。
僕は、細田さんの腕を振り払った。
「坂上君!」
意外そうな、悲痛な声。

僕は耳をふさぎ、逃げ道を探した。
燃える柱の向こうで、黒木先生が僕を呼んでいる。
「こっちだ!」
僕は迷わず、先生の方へ走った。
もう少しで、先生が伸ばしている手に届く。

あと二十センチ。
あと十センチ。
そして、やっと届くかと思った瞬間、僕の上に天井が崩れて落ちて来た。
とっさに飛びのく。
何とか避けたが、道はふさがれてしまった。
「もう逃げられない。あんたも死ぬのよ」

壁の顔が、冷たくいい放った。
「私たちと同じようにね」
足元で、低く笑う声が聞こえた。
「よかったよ……君が残ってくれて……」
ニヤニヤしている細田さんの目は、もう正気ではない。

ガラガラと、ガレキの崩れる音がした。
舞い上がる火の粉が、顔を打つ。
僕は、ここで死ぬんだ。
先生から聞いた、あの空襲の日の学校で。
数人、死体が増えたところで、誰も気にはしないだろう。

黒木先生も、無事に逃げられたか怪しいものだ。
だけど……どうして僕が!?
答えるものは、何もなかった。
僕はゆっくりと倒れ、炎が体にまといつくのにまかせた。


       (ドクロエンド)