学校であった怖い話
>七話目(細田友晴)
>T10

「細田さん、やめてください!」
細田さんは、ものすごい力で僕を突き飛ばした。
「何をするんだよっ! これから、すごい秘密が見れるんじゃないか! 僕はね、感じるんだよ! すごく、感じるんだよ! この中で、強大な怨念が渦巻いてるんだよ!
この学校は、昔から悪いことばかり起きていた。

悪霊がいるのさ! そいつは、この中に眠っている! ヒャーーーーッハッハッハァ!」
「……細田さん」
僕は、もう細田さんを止めることはできなかった。
懐中電灯にぽっかりと映し出された細田さんの目は血走り、ケタケタと笑っていた。

電動ノコギリのスイッチがオンになり、女の金切り声のようなモーター音が静けさを吹っ飛ばした。
「ヒャッハッハ!」
細田さんは、それを掲げるとためらう事なく壁に切りつけた。
ガリガリとけたたましい音とともに、壁は簡単に崩れていった。

壁は、全く抵抗することなく、その体内をさらけ出していく。
……暗くて、よく見えない。
細田さんは、お構いなしにノコギリを振り回し、壁に開いた穴を押し広げていく。
「うぎゃあ!」
突然、細田さんが吹っ飛んだ。

命を与えられたままの電動ノコギリが放り出され、床を跳びはねながら踊り回っている。
「細田さん!」
僕は、急いで懐中電灯を拾うと、それで細田さんの顔を照らした。
「うわっ!」
僕は、そのまま尻もちをつき、腰を抜かしてしまった。

細田さんの顔はもはや判別がつかぬほど焼けただれ、ほんのりと湯気をあげていた。
まるで、近距離から火炎放射器を浴びせたように……。
これは地獄の炎……?
火なんか見えなかったのに……。

「う……あ……」
それでも、まだ細田さんは生きていた。
とろとろにとろけた肉片に、焼けて千切れた血管から流れ出る血が滴る。
そして、その血を戻そうと、これもまた焼けただれて白い骨の見え隠れする手ですくいあげている。

すでに穴の空いた手のひらではその血をすくえることもなく、それはただむなしく徒労に終わる。
「……なんてことをしてくれたんだ」
後ろで声が響いた。

振り向くとそこに、黒木先生がいた。
黒木先生は、睨みつけるような目で、ぽっかり開いた穴を凝視していた。
「……先生」
僕が声をかけようとも、先生の耳には聞こえていないようだった。

「……兵隊が出てくる。彼らのしかばねの上で、あぐらをかいている愚かな現代人に、思い知らせるために」
黒木先生は、細田さんにも僕にも目をくれなかった。
そして、ゆっくりと電動ノコギリに向かって進むと、暴れ回るそれをつかみあげた。
そして、振りかざす。

「死ね!」
そういうと、先生は僕に向き直った。
「く……黒木先生……」
叫ぼうにも、蚊の鳴くような震える声しか出なかった。
先生は、僕に狙いを定めると、電動ノコギリを振り上げた。
……先生は、僕を兵隊と勘違いしているのか?

電動ノコギリによって切り刻まれた壁は、まるで悪魔の口のように、ぽっかりと穴を開けている。
あの穴の中には、何がある?
本当に防空壕があるのだろうか……?

それを確かめることもなく、僕は鋭い歯の餌食となって、あとほんの数秒後に命を落とす。
髪を振り乱す先生の背後に、たくさんの兵隊たちの亡霊が浮かび上がったのは僕の幻か……?
僕は、いけないものに手を出してしまったのだ。
人間が知らなくてもよい世界に……。

肉を切り骨を砕く鋭い歯は、僕の頭上に振り落とされた。


       (ドクロエンド)