学校であった怖い話
>七話目(細田友晴)
>AN4

この壁の向こうには、死体置き場があったんだ。
もちろん、初めから死体置き場だったわけではないぞ。
もともとは普通の教室だったんだがな。
戦争中は、この辺りでも、たくさんの人が亡くなった。
本当なら、ちゃんと葬ってやりたいところだろう。

でもその頃は、生きていくだけで精いっぱいだったんだよ。
だから、ひとまず落ち着くまでは……という名目で、遺体を安置しに来る人が多かったんだな。
窓を布で覆って、昼でも薄暗い教室の中に、たくさんのなきがらが横たわっているんだ。
気持ちのいいものじゃなかっただろう。

ある日のこと、そこに一人の少女が運び込まれてきたんだ。
兄貴らしい少年といっしょにな。
爆弾にやられて、すでに息はなかった。
だから、みんなは彼女の遺体を、例の死体置き場に安置したんだ。
少年は大泣きに泣いていたよ。
とても痛ましい事故だけれど、当時は珍しいことではなかった。

だから、人々はすぐに忘れてしまった。
二、三日して、また近くで爆撃があった。
その時も死者が出てな。
死体置き場に運び込まれたのさ。
ところが、運んでいった人間は、薄暗い部屋の中で動く人影を見た。
それはもう、ものすごいパニック状態だったらしいぞ。

遺体なんて放ったらかしで、みんな悲鳴をあげながら飛び出した。
気絶するヤツもいたらしい。
でも、もちろん死体が生き返ったりするはずがない。
数日前に運び込まれた、女の子の兄貴だったんだ。
よっぽど、妹を可愛がっていたんだろうな。

片時も離れず、ずーっといっしょにいたらしい。
周りは他人の死体でいっぱいだってのに、よくもそんなことができたもんだよ。
みんなは文句をいったけれど、事情が事情だけに、強くもいえなかったらしい。

彼に悪気はなかったんだし、大人げなく取り乱した方も悪かったってことでな。
でも、それからも、彼は少女から離れようとしなかったんだ。
さすがに、まずいよな。
ろくに食事もしていない様だし、このままでは死んでしまう。
それで人々は、彼を死体置き場から連れ出そうとしたのさ。

ところが、少年は嫌がった。
細くて生白い腕を振り回してな。
骨と皮ばかりの体の、どこにそんな体力があるのかと思うような力だったらしい。
あまり暴れるので、手がつけられなくてな。
結局、そのまま放っておくことになった。

みんなを責めちゃいかんぞ。
さっきもいったが、自分が生きるだけでも大変な時代だったんだ。
それからしばらく経った、ある日の真夜中のことだ。

この廊下を、一人の男が歩いていた。
その頃には、学校自体が病院兼、宿泊施設みたいになっていたんだな。
その男も怪我か病気で来ていて、トイレにでも起きたんじゃないか。
そして、この廊下を通りかかったんだ。

男も、ここに死体置き場があるということは知っていた。
気味が悪いから、さっさと通り抜けようと足を速めた時、不意に何かの声が聞こえた。
ボソボソいう低い声だった。
思わず足を止めて、耳をすませてしまったんだな。
それは、死体置き場になっている部屋から聞こえてくるようだった。

男は、そうっとのぞき込んだ。
「……目を開けておくれよ……お兄ちゃんが嫌いになったのかい……」
例の少年の声だ。
そう気づいて、男は粟粒のような鳥肌を立てた。
死んだ妹に話しかけているんだ。

恋しさのあまり、とうとう変になってしまったんだろう……。
そう思ったんだな。
それで男は、急いで寝床に戻ったんだ。
次の日、死体置き場に数人の大人が現れた。
夕べの男の話を聞いて、駆けつけたんだ。

そして、少年を無理矢理、そこから連れ出そうとしたのさ。
妹の遺体と離すことが、彼にとって一番だと思ったんだ。
でも、彼は暴れ回った。
野獣のようにな。
捕まえ損ねた大人の手をかいくぐり、少年は妹の側に走り寄った。

そして叫んだんだ。
「僕たちを引き離そうとするなんてあんまりだ! 起きろ、逃げなくちゃ!!」
そんなことをいって、妹を抱き起こそうとするんだ。
それでも、少女の体がぐったりしたままなのを見て、彼は涙ぐんだ。

「どうして目を覚まさないんだ!?
たくさん血を流したからかい?
血なら、お兄ちゃんがあげるよ!!」
どこから出したのか、少年の手には光るナイフが握られていた。
「やめろっ」
大人の一人が叫んだ。
でも次の瞬間、ナイフは少年の胸に吸い込まれた。

少し遅れて、パアッと真っ赤な血が散った。
血しぶきは、少女の小さな白い顔にもかかった。
そして少年は、妹に折り重なるように倒れたんだ。
我に返った大人たちが調べてみると、もう死んでいた。

戦争が終わってからも、彼らの知り合いだという人は現れなかったらしい。
こうして考えてみると、ノイローゼだったのかもしれないな。
彼の心は、ひとりぼっちで生きられるほど、強くなかったんだろう。

彼らは結局、無縁仏として葬られた。
だけど、それからというもの、死体置き場になっていた教室に、幽霊の噂が出始めた。
胸から血を流しながら、妹を捜す少年の霊だという者がいた。
寂しげにじっと、こっちを見つめる少女の霊だという者もいた。

いろんな説があったけれど、幽霊が出るという点だけは一致している。
その頃から、その教室で授業を受けると、倒れる生徒が続出するようになってな。
教室を封鎖することにしたんだ。

本当はお祓いや、建て直しをしたかったんだろうけどなあ。
なにしろ、物のない時代だ。
そんな贅沢はいってられない。
だから、通路ごと塗りこめた。
それ以来、幽霊の噂はおさまったというぞ。

みんなが知らないだけで、この旧校舎には、そういう話がたくさん残っているんだぞ。
……もうすぐ、旧校舎を壊すだろ?
そうしたら、思わぬものが出てきたりするかもな。
……実はな、この壁にまつわる話で先生が高校生のときに体験した話があるんだけどな。

聞きたいか?
1.聞きたい
2.もう十分です


◆一話目で岩下が消えている場合
2.もう十分です


◆二話目〜五話目で何人かが消えている場合
2.もう十分です