学校であった怖い話
>七話目(細田友晴)
>AN7

「……あります」
僕は正直にうなずいた。
黒木先生は、嬉しそうに笑った。
「そうだよな。
よし、試してみようか」

僕たちは、壁に耳を当てた。
本当に何か聞こえるんだろうか?
……別に聞こえない。
変だな。
僕は、もう片方の耳を、壁に当ててみようとした。
振り向くと、同じように壁に張りついている黒木先生が見えた。

首をかしげているところを見ると、やっぱり何も聞こえないんだろう。
その時、先生の背中側の壁が、グニョッと動いた。
ゴムのように伸びて腕の形になる。
「先生……!」
僕の声に、黒木先生が顔を上げた瞬間。

壁の腕が、先生の頭をつかんだ。
抱き寄せるように、壁にたたきつける!
あんな勢いでぶつかったら、頭蓋骨にひびが入るかもしれない。
僕は息を飲んだ。
……予想したような鈍い音はしなかった。
その代わり、先生の頭は、音もなく壁に吸い込まれた。

壁が、ポタージュのような粘りけのある液体に変わったみたいだった。
「黒木先生っ!」
細田さんが、あわてて先生を捕まえた。
僕も腕をつかみ、思いっきり引っ張る。

でも、ピクリともしない。
先生の手が、僕の腕を握りしめた。
苦しんでいるんだ。
息ができないんだろうか!?
僕は壁を殴ってみた。

ガツンと、こぶしに重い衝撃。
痛い。
普通の壁だ。
人なんか飲み込むはずがない、ただの固い壁なのに。
「先生をどうする気だ!?」
正体の分からない何者かに、僕は叫んだ。

その時、小さな声が聞こえた。
「オニイチャン……」
小さな、女の子の声。
寂しそうな、か細い声だった。
僕は、さっきの先生の話を思い出した。
死んだ妹の方か!?

彼女の霊が、未だに死に別れた兄を捜しているというのか!?
先生の動きが、弱々しくなってきた。
考えている時間はない。
僕は、落ちている懐中電灯を拾い上げ、壁に向かって叫んだ。
「君の兄さんは、もう死んだ!! 黒木先生を、連れていかないでくれ!!」

懐中電灯を、壁にたたきつける。
もちろん、それくらいで、どうにかなるとは思わなかった。
ただ、彼女をひるませることくらいはできるかもしれなかったからだ。
けれど。
ビシビシッと、壁にひびが入った。
呆気にとられる僕らの目の前で、ボロボロと壁が崩れ始める。

そして、長い間隠されていた、死体置き場の扉が、とうとう姿を現した。
解放された黒木先生は、床に倒れた。
その首には、半透明の女の子がしがみついている。
黒い空洞のような目。
表情がはっきりしないが、これが妹の霊なのだろうか。

音もなく、扉が開いた。
やせこけた少年が一人、そこに立っていた。
彼の口が、わずかに動いた。
オイデ……
声は聞こえなかったけれど、そういったのはわかった。
半透明の少女が振り向いた。

「オニイチャン」
黒木先生を離し、少年の元へ駆け寄る。
では、彼は兄の方なんだ。
やっと巡り会えたんだ。
二人は、なんだか嬉しそうに見えた。
手を取り合い、ふわりと闇に紛れ込む。

よかった……。
これで、もう声が聞こえることも、なくなるだろう。
ホッとした僕の背後で、細田さんの鋭い声が聞こえた。
「黒木先生が!」
先生は、床に倒れたままだった。
顔色は青を通り越して、紙のように白い。

体に触れてみる。
「……脈がない」
先生が死んだ!?
女の子の霊がやったのか?
お兄さんにはぐれた、無害な霊だと思ったのは、気のせいだったのだろうか。

初めから、先生の生気を抜くつもりだったのだろうか。
それなのに、僕はのんきにも、彼らの再会を喜んでいたんだ。
一歩間違えば、死んでいたのは僕かもしれないのに……。
僕は身震いした。
帰らなくては。

ここにいるのは、単なる霊なんかじゃない。
何か、とても邪悪な、悪いものだ。
ここにはいられない。
懐中電灯は壊れてしまった。
でも、手探りでも帰らなくては。

座り込んだ細田さんにも構わず、僕はヨロヨロと歩き出した。
闇にまぎれて、甲高い笑い声が響いた。
これから始まる何かに、期待するように。
そう……。
夜はまだ、終わりそうにない。


       (ドクロエンド)