学校であった怖い話
>七話目(細田友晴)
>BL5

僕は帰ることにした。
話を聞けないのは残念だけど、その方がいいという気がしたのだ。
家に帰ると、その予感はどんどん確かなものになっていった。
何か悪いことが起きる。
あの学校には、何か悪いものが潜んでいる。

馬鹿馬鹿しいと思った。
今日はいろんなことがあった。
だから、神経が過敏になっているんだ。
そう思っても、不安は収まらない。
どうしたんだろう?
原因不明のモヤモヤを抱えたまま僕は一睡もせずに朝を迎えた。

自分で起き出してきた僕に、驚いている家族に目もくれず、家を飛び出す。
朝日を浴びても、不安は消えなかった。
何かがあったに違いない。
僕にはわかっていた。

……学校は、拍子抜けするくらい、いつも通りだった。
騒いでいる生徒も、警察の車もいない。
それを見て、僕はなんとなく恥ずかしくなった。
何が起きると思っていたんだろう?

長い長い夢から、今やっとさめたような気分だった。
自分で思っていたより、昨日はショックを受けていたんだろう。
だから、何でもないことを大げさに騒いだりしたんだ。
細田さんたちに謝らなくちゃ。

僕は二年生の教室に行った。
でも、細田さんは来ていなかった。
そのことを教えてくれた二年の先輩は、首をかしげていた。
「あいつ、無遅刻無欠席が自慢だったのになあ」
夕べ遅くまで旧校舎にいて、寝不足になったんだろうか。

黒木先生も、かなりノリのよさそうな人だったし。
僕がそういうと、先輩は眉をひそめた。
「黒木? 誰だそれ、ここの先生じゃないだろう」
「えっ、でも……宿直だったんじゃあ?」
「知らないな。黒木なんて先生は、うちの学校にはいないはずだぜ」

僕には、何がなんだかわからなかった。
……結局、細田さんは来なかった。
こうなると、黒木先生の存在が気になってくる。
僕は思い切って、放課後、担任の先生を捜しに行った。

先生は廊下にいた。
「黒木先生?」
僕の話を聞いた先生の、表情がくもった。
「夕べから、細田さんの姿も見えないし……何か、悪いことが起きているような気がするんです」
僕の訴えに、先生は口を開いた。

「忘れることだ……」
一瞬、耳を疑った。
「坂上は、霊感が強いのかな。普通の生徒なら気づかないことを、知ってしまったのか。
悪いことはいわないから、忘れろ」
先生は何をいっているんだ?

忘れろ?
細田さんが、何か事件に巻き込まれたかもしれないのに?

呆然とする僕に、先生はさらに続けた。
「この学校には、黒木という教師はいない。
しかし、黒木先生というのは、確実に存在するんだ」
「……どういう意味ですか?」
「黒木先生は……この学校に、昔から棲みついている『モノ』なんだ」

そういって、先生は説明してくれた。
新校舎ができるずっと前から、この学校には怪しげな事件が起きていたこと。
そして、その事件には必ず、「黒木先生」という人物が絡んでいたこと。
しかし、黒木先生はヒトではない。

生徒や教師を、どこへともなく連れ去ってしまう……謎の存在なのだと。
「この学校に巣くう何かか、学校自体の意識か……先生は、そんなものじゃないかと思っているんだがな」
先生は、ポンと僕の肩を叩いた。
「そんなこと……」
信じられなかった。

でも、ある意味で、奇妙に納得することもできた。
この学校に伝わる七不思議は、語り手によって、何十種類もあるという。
いくら古い学校だといっても、数が多すぎるんじゃないかと思っていた。
でも、そういうことなら理解できる。

たくさんの事件は、すべて黒木先生のやったことだったんだ。
バラバラな数十件ものできごと、といわれるよりも、関連しあった一繋がりの事件だったといわれた方がしっくりくる。

でも……。
ちょっと待てよ。
僕は、あることに気がついた。
「先生……それじゃあ、学校側は黒木先生のことを、知っているんですか?」

「いや、ほとんどの先生方は知らないだろうな。先生は、この学校の卒業生でな。在学中に、黒木先生のことを知ったのさ。だから、教師になって戻ってきたんだ」
先生の説明には、納得できなかった。
だって、いくらなんでも事件が多すぎる。
他の先生たちが気づかないなんて

信じられなかったのだ。

だから、僕は聞いた。
「校長先生も、気づいていないんですか?」
すると、先生はくちびるに指を当てた。
黙れ、ということだろう。
ささやくような、小さな声。

「年に何件も事件が起こるのに、新入生の数が減らないだろう。黒木先生が、何人か連れ去るのを黙認すれば、その何百倍の生徒が入学してくるらしいんだ」
「だから……黒木先生を放っておいているというんですか?」
先生はうなずいた。
家を栄えさせるという、座敷わらしのようなものなんだろうか?

でも、生け贄を欲しがる座敷わらしなんて、聞いたことがない。
本当に、警察にいわなくていいんだろうか。気づくと、先生がすぐ近くにいた。
僕の考えを読んだように、そっと首を振る。

「この学校に逆らってはいけない。
消えた人間がどうなったかは、わからないが……そんな事件くらい、平気でもみ消せる相手だぞ」
その言葉と同時に、傍らの窓ガラスがビシッと鳴った。

見ると、ひびが入っている。
なんてタイミングだ。
まるで、学校が僕を脅したようだった。
「坂上、もう、つまらない詮索はよせ」
先生はあわてて、僕の肩をつかんだ。

その顔は青ざめていた。
「で、でも……」
「死にたいのか!?」
ビシビシッ!
ひびが大きくなった。
一枚ガラスの全面に、細かいひびが走っている。
粉々に崩れない方が、不思議なくらいだ。

白く不透明になったガラスに、西日が乱反射する。
一瞬、射すくめる強い視線を連想した。
そして、わかった。
先生のいうことは正しい。
僕はゆっくりとうなずいた。
「わかりました……このことは忘れます」

「そうか」
先生は、ホッとしたように笑った。
次の瞬間、ガラスは砕けて、滝のように地面に散った。

高く澄んだ破壊音が、僕に降り注ぐ。
凍りついていた時間が、不意に動き出したように。
それを聞きながら、僕は敗北感でいっぱいになっていた。
僕は負けたんだ。
この学校に。
あの闇に潜む黒木先生……いや、もっと邪悪な何かに。

でも、細田さんのように、闇に飲み込まれなかっただけでも、よかったのかも。
無理にそう思い込んで、僕と先生は歩き出した。
……背中に、誰かがあざ笑う声が聞こえた。


       (新聞部エンド)