学校であった怖い話
>七話目(岩下明美)
>B10

薄暗い裸電球に、ぽっと明かりが灯った。
「これが、電源だったんだな……」
みんな、思い思いの格好でその辺を探索していたようだ。
明かりが灯って、みんな僕のほうを見る。
そして、なによりも注目するものがそこにはあった。

ドレープがたっぷり入った、真紅のサテンのカーテンが天井から下がっていた。
まるで、倉庫の奥をおおい隠すように広がっている。
ちょうど、僕たち七人の目の前に立ちはだかるように垂れていた。
「ここに、入ってみようぜ」
日野さんがそういって促した。

僕たちは、ゆっくりとそのカーテンをくぐる。
するするとした肌触りが少しくすぐったい。
「?」
僕達の目の前には、もう一枚のカーテンが広がっていた。
そこは、行けども行けども目の前には真紅のカーテンが広がっているだけだった。

僕は、あせっていった。

「これ、いつまでも続いてるけどおかしくないか?」
さっきまで、僕の周りにいたみんながいつのまにか消えている。
「俺はここだ」
「私はここよ」
「みんな、どこ?」
みんなの声だけが聞こえる。

自分の居場所を教えるように、みんなは声を出し合った。
一人の声が消え、もう一人の声が消える。
そのうち、三人の声しか聞こえなくなる……。
「おーい……」
「おー……」
「………」

そして誰の声も聞こえなくなった。
僕は、出口に戻ろうと逆に進んだ。
……出口は見つからない。
僕は、現実と夢の中との境目にさ迷っているような気がした。

いつのまにか、僕は意識がなくなっていった。
もう、僕は一生ここから出れないんだろうか……。
だめだ……。

……………………僕は生きている。
なのに、手足の自由が効かない。
縛られているのか?
薄暗い電球がついているだけで、周りの景色はよく見えない。
ここは……、ここは、あの倉庫?

……聞こえる。
赤ん坊の泣き声が聞こえる。
日野さんのいっていた、あの泣き声だ。
どこから聞こえてくるんだろう……。
泣き声は、四方から僕を包むようにして聞こえてくる。

……まだ、意識がもうろうとしている。
何だか、とても心地好い。
何だか、とても暖かい。
……そうか。
僕の体は、水の中に浸っているんだ。
胸の辺りまで、生暖かい水の中に、僕はいるんだ。

これは、水……?
辺りがあまりに薄暗く、そして視界も定まらず、よく見えない。
時々、体を刺すような痛みが走るけれど、それがまた逆に快感を与えてくれる。
意識をはっきりと持とうとさえ思えない。
……けだるいこの感覚。

もう、どうなってもいい。
……生きているのが面倒臭い。
すべてが無気力だ。
……僕は、どうしてしまったんだろう。
「……先生。順調に成長していますね」
日野さんの声だ。

とろんとした視界の片隅に、日野さんの姿がかいま見えた。
日野さんが腕を組み、満足そうな笑みを浮かべながら僕のことを見ている。
日野さんのとなりに、白衣の男が立っていた。
髪の毛は真っ白。
あの人が、白井先生だろうか。

白井先生もまた、満足そうに笑っている。
「日野君。もうすぐ、あの七人も君の仲間になるからね。そうすれば、仲よくしてあげなさい。たとえ、嫌いな連中でも、新しく生まれ変われば、運命共同体なのだから」
「もちろんですよ、先生」

何をいっているのかわからない。
日野さんは、僕のほうに近づいてきた。
それにつれ、僕の視界も少しだけはっきりしてきた。
僕がいるのは、かなり大きな水槽のようだ。
透明の水槽。
その水槽の縁に日野さんは腕を組み、そこにあごを乗せた。

そして、僕を見る。
「……なあ、坂上。俺はな、一週間前にこの倉庫に忍び込んで、白井先生に捕まったんだよ。そして、生まれ変わったのさ。……一緒に忍び込んだ岩山は死んじまったけどさ」

そういって、部屋の片隅に目を向けた。
そこには、薄桃色の肉の塊が積んであった。
それが、ぶよぶよと動いている。
あの肉の塊は生きている。
耳をすますと、その肉の塊が泣いていた。
あの赤ん坊の泣き声で……。

「ああなっても、生きているんだ。そして今は、俺の仲間さ。こうやって人間の姿をとどめているか、いないかだけの違いだけどな」
そして、もう一度僕を見て笑った。
「……お前がそのままの姿でいられるかは、お前次第だろうなあ。うまく融合できれば、一緒に仲間を増やそうな。いひひ……」

そして、生きている肉の塊と反対方向に目を向けた。
そこには、たくさんの人間の手足が積んであった。
……そうか。
僕は縛られているんじゃないのか。
僕の手足の自由が効かなかったのは手足を取られたからだったんだ。

あれは僕の手足……。
無造作に山積みにされた手足は、まるで壊れたマネキンの残がいを思い出させる。
あそこに、僕の手足に混じって岩下さんや新堂さんの手足も一緒にあるんだろう。

不思議と、僕は悲しくなかった。
それは、この溶液の中に浸る心地好さも手伝っていたと思う。
僕の手足を取った傷口から、何かが僕の身体の中に入ってくるのがわかる。
それは、体内に染み込むように、身体中にじわじわと広がっていく。

……そして、そこから、僕の新しい手足が生えていくようだ。
「あぎぃ……ギャアーーーーーッ!」
僕の左隣りで、女の悲鳴が聞こえた。
見るのも、面倒臭い。
それでも、反射的に少しだけ頭を傾けた。

僕の左隣りには、岩下さんがいた。
僕と同じように、手足を取られ、溶液に浸っていた。
彼女の皮膚は、生暖かい溶液に浸っているのにもかかわらず、水分を失い乾燥したそれのようにパリパリとはげ落ちた。
筋肉もそげ落ち、骨も溶け、そして肉の塊に変貌していった。

それを見ても、僕は恐ろしささえ感じない。
それもまた運命と受けとめてしまうような順応性がある。
完全なる肉の塊になってしまうと艶かしい肉色の身体をてからせながら、彼女は、赤ん坊のうぶ声をあげた。
……生まれ変わったのだ。

「やあ、岩下。お前は、うまく融合できなかったようだな。でも、心配ない。あとの面倒は、俺が見てやるからさ。くひひひひ……」
日野さんは、笑いをこらえるように口に手を当てた。
そして、もう一度僕を見ると、溶液の中に手を浸し、その手で液体をかき回し、遊ばせた。
「僕たちを、だましたっていいたい

のか?
僕たちに、うそをついたっていいたいのか?
なあ、坂上。この溶液は、ちょっと見たところ水みたいだろ? でも違う。この中には、あらゆる細菌を意図的に入れてあるんだ。

いわば培養液なのさ。そして、その主成分となっているのが、白井先生が生み出した、人間よりも高度な知能や能力を持った細菌なんだ。

今、世界は爆発的な人口増加時代を迎えている。そして、このままいけば間違いなく食料難がやってくる。でも、安心しろ。この細菌を肉体と融合させれば、何も食べなくとも生きていけるのさ。温度の変化や、環境の変化にも、何の問題もなく馴染むことができるんだ。
素晴らしいだろ?

……でも、残念なこともある。それは、自分が自分でなくなることさ。
この細菌が身体に馴染めば、完全に自分の意志も肉体も乗っ取られる。今までの記憶や感情も、すべてなくなってしまう。
それだけが残念だ。俺も、もうすぐそうなる。

十日ほどで、完全な新生命体に生まれ変わってしまうんだ。……自分が自分でなくなる。それが、凄く悔しい。そして、憎らしい。なあ、坂上。
このメンバーは、どういう基準で集めたか知っているか?

俺が気にくわない奴を集めたんだよ。顔の気に入らない奴、性格の気に入らない奴、見ててむかつく奴、なぜだかわからないけれど、嫌な奴。そんな連中を集めたんだよ。
坂上。俺な、お前のこと嫌いだったんだよ。だから、お前も俺と同じ運命を味あわせてやりたかったんだよ。

おまえが新聞部で飲んだ飲物。覚えてるだろ?
すでにあの中に、幻覚を見せる薬を入れてあったんだよ。あのときは笑わせてもらったよ。みんな、この倉庫の中をぐるぐると、たださ迷い歩いていたんだ。喜劇だったよ。
久しぶりに面白いものを見せてもらった。

ああ、坂上。お前の顔の皮が剥がれていくぞ。
お前も岩下と一緒だな。ただの肉の塊に変わっちまうんだな。ざまあないな。
……どうした、坂上? お前、溶け始めてるぞ。なあ、おい。俺の声、聞こえているのか?

聞こえているなら、返事してみろ。
ひゃはははは……、返事できるわけないよなあ。お前の声、もう、赤ん坊みたいだものなあ。お前の面倒、見てやるよ。俺は融合に成功した。

そして、お前は失敗した。その結果お前は、化け物のような肉の塊に変わってしまった。
だから、喜んで面倒見てやろうな。
…………もう、意識はないのか、坂上?」

……違うよ、日野さん。
僕は何も心配しなくていい存在に生まれ変わったのさ。
なったものにしかわからない、究極の快感。
残念だけど、日野さんはそれを味わうことができない。

僕は何も考えず、動く必要もない。
ただ、無限の時を生きるだけ。
かわいそうなのは、日野さんさ。
……これから、僕の新しい人生が始まるんだよ。


       (新聞部エンド)