学校であった怖い話
>七話目(岩下明美)
>G7

そうか、行かないのか。
せっかく七不思議の最後の話をリアルに体験させてあげようと思ったのに。
まあ、しかたないさ。

こういった形で、俺の話が終わってしまうのも不本意だが坂上がそういうのならがまんしよう。
じゃあお開きにするかな……。
……なんだか、だんだん眠くなるような虚脱感が僕の体を襲った。

そして、一瞬日野さんがぼやけて見えた。
水の波紋のように、日野さんの顔が揺れて見える。
体中がしびれるような気持ちいいようなそんな感じに包まれている。

「ふふふ。薬が効いたようだな。本当は無理にでも倉庫へ連れて行きたかったんだが、薬が早く効きすぎたようだ。まあいいさ。お前たちは、選ばれた人間だ。これほど幸せなことはないんだ。ありがたく思えよ」

日野さんの声を聞きながら、僕は気が遠くなっていった。
もう僕は、だめかもしれない……。

……………………僕は生きている。
なのに、手足の自由が効かない。
縛られているのか?
薄暗い電球がついているだけで、周りの景色はよく見えない。
ここは……、ここは、あの倉庫?

……聞こえる。
赤ん坊の泣き声が聞こえる。
日野さんのいっていた、あの泣き声だ。
どこから聞こえてくるんだろう……。
泣き声は、四方から僕を包むようにして聞こえてくる。

……まだ、意識がもうろうとしている。

僕は両足を縛られ、手も後ろ手に縛られていることに気づいた。
だんだん感覚がしっかりしてきた。
「……先生、順調に成長していますね」
裸電球の頼りない明かりの中に、ぼんやりと日野さんの後ろ姿が見えた。
日野さんは、腕を組みこちらを背にして立っていた。

日野さんの隣に、白衣の男が立っていた。
髪の毛は真っ白。
あれは、きっと白井先生だ。
二人の満足そうな笑いが聞こえてきた。

「日野君。もうすぐあの子たちも、君の仲間になるからね。仲良くするんだよ。たとえ嫌いな連中でも、新しく生まれ変われば運命共同体なのだから」
「もちろんですよ、先生」

なにをいっているのだろう、この人たちは。
日野さんは、気づいたように振り返り僕のほうに近づいてきた。

「……なあ、坂上。俺はな、一週間前にこの倉庫に忍び込んで、白井先生に捕まったんだよ。そして、生まれ変わったのさ。……一緒に忍び込んだ岩山は死んじまったけどさ」

そういって、部屋の片隅に目を向けた。
そこには、薄桃色の肉の塊が積んであった。
それが、ぶよぶよと動いている。
あの肉の塊は生きている。
耳をすますと、その肉の塊が泣いていた。
あの赤ん坊の泣き声で……。

「ああなっても、生きているんだ。そして今は、俺の仲間さ。こうやって人間の姿をとどめているか、いないかだけの違いだけどな」
そして、もう一度僕を見て笑った。

「……お前だけは、まだなにも手をつけていない。かわいい、かわいい新聞部の後輩だからな、ひひっ。かわいそうだが、残りの六人は俺たちの仲間として新しい人生を歩んでもらったよ。いや、かわいそうなんかじゃない。

幸せなやつらだ。そして、お前はこの光景を見ながら、最後の七話目の話を頭の中でまとめるといい。まあ、記事を考えたって新聞になることは二度とないがね。いひひ」
僕は、日野さんの話を聞きながら、生きている肉の塊と反対方向に目を向けた。

そこには、たくさんの人間の手足が積んであった。
無造作に山積みにされた手足は、まるで壊れたマネキンの残がいを思い出させる。
あの中に、きっとみんなの手足もあるのだろう。
僕は、恐怖心が麻痺してしまったんだろうか。
不思議と怖いという気持ちはなか

った。

逆に、日野さんたちがとても哀れで、かわいそうで仕方なかった。
「あぎぃ……ギャアーーーーッ!」
僕の左の方向から、女の悲鳴が聞こえた。
僕は、その声の方向に顔を向けた。
岩下さんだ。
手足を取られ、溶液に浸っていた。

彼女の皮膚は、生暖かい溶液に浸っているにかかわらず、水分を失い乾燥したそれのようにパリパリとはげ落ちた。
筋肉もそげ落ち、骨も溶け、そして肉の塊に変貌していった。

それを見ても、僕は恐ろしささえ感じない。
それもまた運命と受けとめてしまうような順応性がある。
完全なる肉の塊になってしまうと艶かしい肉色の身体をてからせながら、彼女は、赤ん坊のうぶ声をあげた。
……生まれ変わったのだ。

「やあ、岩下。お前は、うまく融合できなかったようだな。でも、心配ない。あとの面倒は、俺が見てやるからさ。くひひひひ……」
日野さんは、笑いをこらえるように手を口に当てた。

そして、日野さんは僕を見ていった。
「僕たちを、だましたっていいたいのか?
僕たちに、うそをついたっていいたいのか?

なあ、坂上。この溶液は、ちょっと見たところ水みたいだろ? でも違う。この中には、あらゆる細菌を意図的に入れてあるんだ。

いわば培養液なのさ。そして、その主成分となっているのが、白井先生が生み出した、人間よりも高度な知能や能力を持った細菌なんだ。

今、世界は爆発的な人口増加時代を迎えている。そして、このままいけば間違いなく食料難がやってくる。でも、安心しろ。この細菌を肉体と融合させれば、何も食べなくとも生きていけるのさ。温度の変化や、環境の変化にも、何の問題もなく馴染むことができるんだ。
素晴らしいだろ?

……でも、残念なこともある。それは、自分が自分でなくなることさ。
この細菌が身体に馴染めば、完全に自分の意志も肉体も乗っ取られる。今までの記憶や感情も、すべてなくなってしまう。
それだけが残念だ。俺も、もうすぐそうなる。

十日ほどで、完全な新生命体に生まれ変わってしまうんだ。……自分が自分でなくなる。それが、凄く悔しい。そして、憎らしい。なあ、坂上。
このメンバーは、どういう基準で集めたか知っているか?

俺が気にくわない奴を集めたんだよ。顔の気に入らない奴、性格の気に入らない奴、見ててむかつく奴、なぜだかわからないけれど、嫌な奴。そんな連中を集めたんだよ。
坂上。俺な、お前のこと嫌いだったんだよ。だから、お前も俺と同じ運命を味あわせてやりたかったんだよ。

心配するな。あとでゆっくり仲間にしてやるからな。お前だけ、取り残したりしないよ。
おまえが新聞部で飲んだ飲物。覚えてるか? あれには、感覚を麻痺させる薬が入れてあったんだが、一つだけはずれがあったのさ。

そう、お前が最後に選んだおしるこドリンクだ。
結末はみな同じだが、お前にとってはラッキーだったようだな」

その時、僕はなにかの異変を感じた。
「日野君、大変だ!」
白井先生があせっている。
……どうしたんだろう?
僕は目を見張った。

いくつかの水槽から、肉の塊があふれ出てきている。
そして、いくつかの塊は一つの塊となった。
先生は、いろんな液体を膨張する肉の塊にかけている。
膨張を抑える薬品だろうか。

しかし、全然その効果は現れてはいないようだ。
肉の膨張はとどまることをしらない。
そして、肉塊はとうとう鳥もちのように白井先生と日野さんをからめ取った。
叫ぶ間もないほどに、あっという間だった。

あの二人も、みんなと同化してしまうんだろうか。
肉塊は、しばらくうごめいていたが徐々にその大きさを縮めていった。
そして、しばらく床をはいずり回っていた。
しまいには、ずるずると液体のように排水溝へと流れていった。

……実験では、アクシデントはつきものさ。
白井先生は、かなり無防備だったと思う。
自分の意志と反して、研究材料にされた人たちの怨念と執念というのはすごいというのを考えたことはなかったらしい。
……かわいそうな人たちだ。

僕はふと考えた。
とりあえず、学校であった怖い話の新聞を出さないほうがいいか……。
……いや、あの人たちだったら自分が死ぬことでさえも、記事にしてくれといっていたかもしれない。
そして、僕は縛られたまま空になった水槽をしばらく見ていた。


       (ドクロエンド)