学校であった怖い話
>四話目(新堂誠)
>N5

悪臭は、彼女の引き出しから漂ってきてる気がした。
だから、こっそり開けてみたんだ。

その途端、ムワッと異臭が鼻をついた。
あの臭いだ。
吐きそうになるのを必死にこらえたぜ。
それで、思い切って中をのぞき込んだ。
中には……何が入ってたと思う?

細く巻かれた、何か紙みたいなものだよ。
それが何枚も何枚も入ってたんだ。
てっきり、絵を描く……キャンバスだっけ、あれだと思った。
彼女が絵を描くのは知ってたしな。
でも悪臭は、そのキャンバスからしてくるみたいなんだ。

恐る恐る手を伸ばしてみた。
触れた瞬間、それが何かわかったぜ。
布じゃない。
もちろん紙なんかでもない。
それはな、何かの皮だったんだ。
悪臭ってのは、そこからしてきてたのさ。

その時、俺の肩に手が置かれた。
いつの間にか戻ってきた清水さんが、怖い顔をして立っていたんだ。
ジュースとリンゴののったお盆を持ってな。
「見てしまったのね」
彼女は、そうつぶやいた。

いつものやさしい面影は、どこかに消えてなくなっていた。
「これは私の宝物。私の大好きなものたちの皮なの。これをキャンバスにして絵を描くとインスピレーションが湧くのよ」
彼女の手には果物ナイフが握られていた。

「私、あなたのことも大好きよ。本当はもう少し時期を待とうと思ったけど…………」
ナイフがキラッと光った。
「あなたの皮をちょうだい!」

彼女が突き出したナイフを、俺はとっさに横に転がって避けた。
あの時の彼女の顔は、まるで魔女だった。
怖くなって、俺は彼女を思いっきり突き飛ばしたよ。
そして、その隙に部屋を飛び出した。
自分の家まで逃げてきても、しばらくは動悸がおさまらなかったな。

あれが彼女の正体だったんだろうか。
やさしい態度の裏で、俺の皮をはごうと狙ってたんだろうか。
そう考えると怖くて、しばらくは夜寝ててもうなされた。
それっきり、彼女に会うことはなかったな。

俺も近づかないようにしてたし、たまに道で会っても、彼女の方が無視してたし。
……今にして思えば、あれは本当にあった出来事なのか疑問なんだ。
俺はからかわれたんじゃないかってな。

でも、引き出しに入ってたのが、本当に皮だとしたら?
彼女が、本当に俺の皮をはごうとしてたんだとしたら…………。
彼女の例の自画像にも、きっとあのキャンバスが使われてたはずだ。
それを知られたくなくて、幽霊になってまで絵を仕上げようとしたんじゃないか?

彼女のインスピレーションの正体を知られたら、彼女の作品自体がうとまれて、捨てたり燃やしたりされるかもしれない。
それは、彼女の一番恐れていることだったと思うんだ。
でも幽霊の手では、充分な仕上がりにならなかったのさ。

あの絵が恐ろしい顔に変わったのも、怖がって誰も見なくなるようにってつもりだった。
それでも、何か妙だと気づいてしまったのが殺された四人なんじゃないかな。
……もちろん、これは単なる憶測だ。
でも俺は、この考えにかなり自信があるぜ。

なんたって、実際にあのキャンバスを見てるんだからな。
だからよ、あの顔を見てしまってもキャンバスにさえ気づかなければ死ぬことはないと思うぜ。
安心したか?
……できなくても無理はないけどな。

だって、今こうして俺がしゃべっちゃったんだもんな。
ひょっとしたら、彼女は怒るかもしれないよな。
でも、とにかくこれで俺の話は終わりだ。
次は誰が話す?


       (五話目に続く)