学校であった怖い話
>五話目(荒井昭二)
>A3

荒井さんは、少しだけ頭を下げた。
「……すいませんでした。頭に血が上ってしまって、つい」
ボソボソと口の中でいう。
「わかればいいんだよ。僕だって、わざわざことを荒だてたくはないんだから。ねっ」

表情は硬いままだったけれど、風間さんは気を取り直したようだった。
よかった。
一時はどうなることかと思った。
荒井さんに、話を続けてもらおう。
振り向いた僕は、思わず息を呑んだ。

荒井さんは、なんともいえない恨めしげな顔をしていたのだ。
うつむいていたので、他の人には見えないらしい。
荒井さんは、僕の視線を感じたのだろう。
目だけがぎょろりとこっちを見た。
冷たい目。

謝ってしまったことを、怒っているんだろうか?
僕が余計な口出しをしたから、といわんばかりの表情だ。
なにかいう隙もなく、荒井さんはそのまま話し始めてしまった。
「……それでは話を続けましょう。
電気を消してください」

皆さんのご協力、感謝します。
なぜ、電気を消したのかお話しましょう。
実は今、ここにはなにか危険なものがいるのです。
そして、それは怒っています。
少しでも霊感がある人なら、それを感じ取れると思います。

そのなにかに少しでも落ち着いてもらうために電気を消しました。
その存在が危険な状態にあるということは、僕たちも非常に危険な立場にあるということですから。
これからは、僕のいう通りにしてください。
いいですね?

皆さん、絶対に後ろを振り向かないでください。
どんなことがあろうと、絶対に後ろを振り向いてはいけませんよ。
人間は、背後に対する霊感が特に優れているといいます。
なぜだかわかりますか?
それは、人間の目が後ろにないからです。

人間は、目に頼ったがために、霊感が衰えたといわれています。
よく、霊を感じるときは背中に感じるでしょう?
あれは、背中に目が、ついてないからなんですよ。
よく、背筋がぞくっとするというじゃないですか。
あれが、その類いです。

これから、皆さんに背中で、その『何か』を感じ取ってもらいます。
ですから、暗闇といえども、後ろだけは振り返らないでください。
目は開けていて結構です。
逆に、目はよく凝らして正面を見据えているほうがよいでしょう。
その代わり、全神経は、背中に集中してください。

そして、気配を感じ取ってください。
今、『何か』はこの部屋を回っているはずです。
皆さんの背後を、ゆっくりと回っているはずです。
……その気配を感じても、慌てないでください。
僕たちは気を落ち着けて、じっとしていればいいのです。

どうです?
背後に気配を感じましたか?
気をゆるめてはいけません。
汗が流れても拭わないでください。
動かないで……。
動かないで、全神経を集中して……。

驚かないで。
何が起きても驚いてはいけません。
息を潜めて……。
背中に神経を集中して……。
坂上君?
今、あなたの後ろ辺りにいる気がします。

坂上君の方から、強い霊気を感じるんですよ。
首筋に、何か感じませんか?
何かがまとわりついて、むずがゆい感じがしませんか?
何か、生暖かい風が、首筋に吹きかかる気がしませんか?

振り向いてはいけません。
絶対に、振り向いてはいけません……。

そのとき、耳元に生温い息を感じた。
思わず出かかる悲鳴を、必死に押さえる。
僕の後ろになにかいる!!
全身から汗が噴き出した。

心臓が口から飛び出してしまいそうだ。
振り向いてはいけない。
荒井さんがそういっていた。
だから、振り向いては駄目だ。
それはわかってる。
でも……。
僕は振り向いた。

そこには、得体の知れないものがいた。
ドクロのような顔に、大きな目玉をぎょろりと光らせた餓鬼のような生き物が、今にも食いつきそうなくらい近くにいた。
……僕は悲鳴をあげたかもしれない。

その一瞬後、そいつは消えてしまった。
まるで、僕の背中にもぐり込んだように。
その途端、体がガクンと重くなった。

いつの間にか電気がついている。
荒井さんが、僕をのぞき込んでいた。
「坂上君、今のを見てしまったんだね」
ささやくような声。
「見てはいけないといったのに。僕のいうことを聞かなかったから、君は罰を受けたんだよ」

なんだ?
この人は、なにをいっているんだ?
「でもね……本当は、君が振り向くことはわかっていたんだ。いかにも好奇心が強そうだものね、君。だから僕はわざと、君の後ろにアイツを呼んだんだよ」
荒井さんが声を殺して笑う。

それは、とても邪悪な感じがした。
「君は取りつかれてしまったんだよ…………ヤツにね」
取りつかれた?
ヤツって、いったい誰なんだ!?
頭の中で疑問がグルグル回る。

でも、言葉にできない。
舌が石に変わってしまったようで、しゃべれない。
これは、荒井さんのいう「ヤツ」に取りつかれたせいなのか!?
荒井さんは、僕があせっているのを見て、妙に嬉しそうに目を細めた。

「怖がっているね。君のせいで、風間に謝らなければならなかったんだ。僕のプライドを考えれば、当然の報いさ…………でも、骨身にしみただろう。ヤツを離すことはできないけど動けるようにしてあげるよ」
その言葉と同時に、体がフッと軽くなった。

荒井さんがニヤッと笑う。
「暗闇の中で、坂上君は充分に怖い思いをしたようですね。これを、僕の五話目にしてもらいますよ」
僕は何もいえなかった。
そして、とうとう最後の一人だ。


       (六話目に続く)