学校であった怖い話
>五話目(荒井昭二)
>B3

「……断ります。なんで僕が謝らなければならないんです? 悪いのは風間さんだ」
キッパリと、荒井さんがいった。
青ざめているけど、視線は風間さんから外さない。

「謝るんなら風間さんの方でしょう」
普段おとなしい人ほど、一旦思い詰めると強情だって聞いたことがある。
あれって本当なんだな。

「へえ、君も強情だな。素直に謝れば、許してやろうと思ったのに」
ガタンと大きな音をさせて、風間さんが立ち上がった。
「大体、なんで君にそんな態度を取られなければならないんだ? 僕がそんなひどいことをしたか」

「本当にわからないんですか? 僕がこれだけ怒っている理由が?」
荒井さんは、なんだか情けなさそうな顔をしていた。
「ああ、わからないね」
風間さんの返事に、まゆをひそめる。
まるで、泣きベソをかいているみたいだ。

「……あなたみたいな人がいるからっ」
荒井さんは叫んだ。
声がひっくり返っていたけれど、誰も笑わなかった。
笑えないなにかが、荒井さんの態度にはあったのだ。
「あなたみたいな愚かな人がいるから……僕は……僕はっ!!」

荒井さんは立ち上がり、風間さんにつかみかかった。
でも、そんなの無謀としか思えなかった。
性格的にも体格的にも、荒井さんが風間さんに勝てるわけないからだ。
荒井さんは前屈みになって、風間さんの腹に頭を押しつけていた。

「なにをするんだ!!」
風間さんに背中を殴られても、じっと耐えて放さない。
そのうち、風間さんの顔色が変わってきた。
額には脂汗がにじんでいる。
「やめろ! 放せよっ!!」

締め上げられて苦しいんだろうか。
荒井さんの髪の毛をつかんで、引きはがそうとする。
でも、離れない。
僕たちは、二人を引き離そうと近寄った。

すると、荒井さんが顔を上げた。
その目は鈍い金色に光っている。
半開きの口から、チラリととがった牙がのぞいた。
凍りついたように、僕たちは立ちすくんだ。
次の瞬間、荒井さんは風間さんの腹にかみついた。

風間さんの悲鳴が響いた。
それはもう、人間の仕業じゃなかった。
生きている人の腹を、シャツごと食いちぎるなんて、人間には無理だ。
でも、荒井さんはそれをやった。
真っ赤に染まった口が、わずかに動いた。

「こんなこと、したくないのに……
僕の中の悪霊を挑発したりするから……っ」
そして、くるっと背中を向けて走り出した。
「あ……」
僕は荒井さんを呼び止めようとした。
でも、声が出なかった。

床に倒れて動かない風間さんの、血に染まった腹部。
「いったい、何が起こったっていうのよ」
女の子が泣き声でいった。
何が起こったのか…………。
それは誰にも答えられないだろう。
狭い部室に血の臭いが立ちこめている。

七不思議がこんな結末を迎えるなんて、誰が想像しただろう。
女の子たちの泣き声が、なんだか遠くに聞こえる。
僕はただ立ち尽くすしかなかった。
荒井さんの行方は、二度と知れなかった。


そしてすべてが終った
              完