学校であった怖い話
>四話目(岩下明美)
>F9

「あれは仕方がなかったんだ! だから、僕たちが責任をとる必要はない!」
思わず広岡さんは、強い口調で言ってしまったのよ。
あの威圧的な声につい、かーっと頭にきてしまったんでしょう。

さっきのしおらしい広岡さんとは、思えないほど……。
いつも冷静な彼は、こんな強い口調でものをいうことがなかったので、彼女は少しびっくりしたようなの。
すると、思いがけずその声は、

「……そうか、若い者はすぐ熱くなるからな。お前達に時間をあげよう。いつまでとは、いわんがな。反省しろ。そして、責任を取ろうという気持ちになったら、また、ここに来い。必ず来るんだ。いっておくが、逃げてもムダだぞ。いつもお前達を見ているからな」
といったわ。

「さあ、とにかくここから逃げ出すんだ!」
彼は、彼女の手を取ると逃げ出したわ。
気がつくと、もう二人は学校からかなり離れた所まで走ってきていたの。
「もう大丈夫だろう」
そして、お互い黙ったまま歩いたわ……。

そんな沈黙に我慢できなくなった彼が、最初に口を開いたの。
「折原さん。今日あの桜の木の下で起きたことは忘れましょう。明日から、二人の時でも絶対にあの話をしてはダメです。あれは、夢です。早く忘れるんです」
彼女は、うなずいたわ。

そして彼は、彼女を自宅まで送ったの。
彼女は玄関の前で、なごり惜しそうに彼の手を離すとドアを閉めたの。
まんじりともしない夜が明けると、なにごともなかったように朝がまた始まったわ。

あの夜のことを、考えないようにしようと思えば思うほど、気になって仕方がないのね。
二人が一緒の時もお互いぎこちなく、少しも楽しくない……。
そんなふうにして、日は過ぎていったわ。

そして、あの夜からちょうど一週間目の放課後、彼は彼女に思い切って話してみたの。
「実は、僕があんなことを言ったのに、また自分から掘り返すようで悪いんですが……」
「いいんです、私も気になって夜も寝れない状態なんです。私の方から切り出そうと思っていたくらいなんですから」

お互い、あの夜のことを話したくてしかたなかったらしいわ。
「僕、もう一度あの桜の所に行ってみようと思うんです。僕も思うところがあって……。桜も、必ず来いといっていましたし……。折原さんはどうしますか?」

「……私も行きます。広岡さんが一緒なら心配ないと思いますし…………。やっぱりあの声は、夢なんかじゃないと思います。ひょっとしてあの桜の声なのでは、と……」
そして、その日の夜の十時に裏門で待ち合わせることに決めたの。

なぜか今回は、二人とも約束の時間より早く校門に着いていたわ。
そして、旧校舎の裏へと歩いていったのよ。
欠けた月が、頼りない明かりで辺りを照らしていたわ。
さっき福沢さんが言ってたわよね。

あの桜も満開をちょっと過ぎたくらいで、散り際の一番美しい時だったわ。
風はないけれど、はらはらと舞い散る花びらが辺りに積もって、まるで粉砂糖をかけたよう……。
頼りない月明かりだったけど、その桜の所だけは反射しているように明るかったの。

そして、かぐわしい、甘いような香りが辺りにたちこめていたわ。
「こうやって見ると、ただの美しい桜なんだけれどなぁ」
彼は、つぶやいたわ。
「折原さんは、ここにいてもらえますか?」
彼はそういうと、桜の下に歩いて行ったわ。

そして、彼は桜の木の周りをかがみながら歩いているように見えた……。
何回か桜の周りを回った後、またこちらに歩いてきたわ。
「おまたせ」
彼の手には、瓶のようなものが握られていたのよ。

そして、何か変な匂いがしてくる……。
「まさか!?」
彼は、何も答えずに火のついたオイルライターを桜に向かって投げたのよ。

そう、さっき彼が桜の周りを回っていたのは、ガソリンをまいていたからなの。
火は炎のヘビのように、ガソリンがまかれた場所を素早く伝い、あっという間に桜を飲み込んだわ。

桜の花びらが、燃えるのにちょうどよかったらしく、ものすごい勢いで燃えたの。
まるで、炎の花を咲かせた樹木のように、美しかったわ。
炎の花が満開になったわけね。
辺りは、炎で妙に明るく照らし出されていたわ。

「これで、桜の木が燃えてしまえば何も起きないはず……」
彼は、一人で喜んでいたわ。
その後ろで、彼女はその燃え盛る桜の炎の奥に、二人の男女の影を見たような気がしたわ。
彼は、気がつかなかったようだけれど。

確かにその二人は、炎の中でも動ずることなく、じっとこちらを見ていたのよ。
とっさに、彼女は叫んだわ。
「なんてことをしたんです! なにも、燃やさなくてもよかったじゃないですか!」

彼女は、普段おとなしい彼がここまでしたことにがくぜんとしていたわ。
「あはははは! この桜が燃えてしまえば! この桜さえ燃えてしまえば!! あはははは!!」
ひょっとしたら、彼はあの出来事が起きてから、少しおかしくなっていたのかもしれない……。

その時、降り積もっている花びらを伝ってきた火が二人を囲んだのよ。
「きゃーーーーーー!」
思ったより炎の燃え方が激しく、二人は身動きがとれない……。

彼女は、そのゆらめき立つ陽炎の向こうで、さっきの二人が一瞬笑ったように感じたの。
服に引火した火は、皮膚をぶすぶすと焦がし、嫌な匂いを放つ……。
二人はもだえ苦しみながら、息絶えたわ。

そして、どこからかあの声が聞こえてきたのよ。
「お前達は、ちゃんと責任をとったじゃないか。責任をとるということは、こうでなければいけない……」

彼女たちの死体は、見つからない。
もちろん、見つかるわけがないわよね。
そして、あの二人がこの世に存在した事実さえも消えてなくなったのだから……。
学校側は、誰かがいたずらで桜を燃やしたんだろうっていってたらしいけどね。

それでね、燃えたと思った桜の木は、翌年の春にはつぼみをつけ、また花を咲かせたそうよ。
あの、二人の生けにえのおかげかしら。不思議ね。
それで、今に至るわけ。

ふつうの桜の幹と違って、変な色をしているでしょう?
そういう理由があったのよ。
なんで私が、この話を知っているかって?

実はね、あの桜の夢を見たのよ。
あの、黒焦げの二人が満開の桜の木の根元に立っていたわ。
そして二人は私に、こう言ったの。

「お前は、この桜の生けにえに選ばれた。喜ぶべきことだ。しかし、お前がどうしてもそれを拒むなら、逃れる方法を一つだけ教えよう。まず、誰でもいいから桜の下に連れてこい。そして、二つの約束をするのだ。
一つは、その場所を動かないこと。
もう一つは、絶対に中断しないで最後まで話を聞くこと。その二つの約束を交わしてから、これから

話す話をそいつに話せ。もし、そいつがどちらかの約束を破れば、その場でお前の身代わりになってくれる。いいな……」

あの二人は、こんなことも言っていたわ。
あの桜は、首吊り事件があってから変わってしまったんですって……。
恐怖心や、悲しみや、この世に残した無念な気持ちを糧にして生きるようになってしまったそうなの。

だから生けにえを欲しがるのね……。
それで、その夢を見てから一週間以内に身代わりを探さないといけないの。
もうあれから、五日経ってしまったわ……。
ふふふ。
残念だけど、あなたはちゃんと約束を守ったものね。

また、身代わりを探さなきゃいけないわ……。
これは、本当の話よ。
これで、私の話は終わりよ。
さあ、部室に戻りましょうか。


       (五話目に続く)