学校であった怖い話
>七話目(風間・岩下)
>B9

……誰もが犯人に思える。
……けれど、確実な証拠はない。
僕は、この中から犠牲者を一人出さなければいけない。
どのみち、ここで一人を指名しなければ、みんなが殺されてしまうかもしれない。
そして、僕は決めた。

……風間さんだ。
そうだ、この中では彼しかいない。
彼が適役だ。
あんな、ちゃらんぽらんな人はこの世に存在しなくていいんだ。

そう自分にいいきかせた。
……多少無理があったが。
だって本当は、誰でもどんな人でも犠牲になんてしたくない。
でも、六人分の命と一人分の命を天秤にかけたら、どちらが重いかなんて決まっていることだ。

<……風間さんです>
僕は心の中で呟いた。
<よし……わかった……>
神田さんの声が僕の頭の中に響く。

そして、神田さんであろうその人はロボットのようにぎこちなく歩き始めた。
そして、風間さんのところまで歩いていくとぴたりと止まった。

「な、なんで俺のところに来るんだよ。お前が恨むべきやつはもっと別にいるだろうが!」
風間さんは、強く出たつもりでいるのだろうが、はたから見るとしっかり逃げ腰になっている。
神田さんは、風間さんに向かって手を伸ばしてきた。

僕たちは、神田さんを止めることもできずにその場ですくんでいるしかない。
その時。
僕の手を握っていた元木さんの身体が、ガクガクと激しく揺れ始めた。

「元木さん!」
思わず叫んだが、彼女の反応はない。
まるで誰かに乗っ取られているように、彼女の意識はなかった。

突然、彼女の口から白い煙のようなものが現れた。
その煙の中に、とても恐ろしい形相をした女の顔が浮かんだ。
浮かぶやいなや、そいつが神田さんに襲いかかったのだ。

「やった!」
僕はいった。
あれは、きっと元木さんの中に住んでいるおばあちゃんだ。
僕たちを助けようと、出てきてくれたに違いない。
そして、霊の叫び声が部室内にとどろいた。

元木さんから出たもやのようなものは、するするとまた口の中に戻っていった。

……どうしたんだ!
元木さんのおばあちゃんは、なぜ彼女の中に戻っていったんだ。
神田さんの叫びが、僕の頭に響いた。

<こんなことでは負けん! よくも俺のじゃまをしようとしたな。こうなったら、みんな道連れだ!>
……まずい、このままではみんなが危ない!
元木さんも気を失っている。
最悪の状況とはこういうことをいうんだ。
きっと……。

「神田……。俺を殺そうとしているのか? だったら、自分を死に追いやったらやつを殺せよ。聞き分けがないようなら、こっちにも考えがある。下手に出てるからって甘く見るなよ」
そういって、風間さんがすくっと立ち上がった。

さっきの彼とは別人のようだ。
僕は思わず叫んでいた。
「風間さんダメです! ここで彼になにをいってもムダです!」
風間さんは、僕のことを見て目配せをした。

か、風間さん、こんなところで余裕をカマしている場合じゃないよ!
こともあろうか、風間さんは神田さんの肩に両手を乗せていた。
神田さんは、風間さんの首に手を当てている。
首を取ろうというのか?

その時、まぶしい光が僕らを包んだ。
どこからその光が発せられているのか、光源はわからない。
僕たちが目を開けていられないほど眩しい光だった。
そして、まぶた越しにだんだん光が引いていくのがわかった。

僕はゆっくり目を開けてみた。
みんなも、そっと周りの様子をうかがっている。
風間さんは!?
……彼はそこにたたずんでいる。
……首もちゃんとついている!
僕たちは助かったんだ。

「あいつ、俺のことを殺そうとしていたけどさ。殺すんだったら、自分を殺したやつをやればいいのに。俺を殺そうなんてお門違いだぜ。まったく。俺もあいつをからかったけど、殺されるようなことまではしてないからな。これで殺されたら、俺も浮かばれないぜ。ほんとに、使わなくてもいい力をこんなところで使ってしまった。」

……どういうことだ?
風間さんが、神田さんから僕たちを助けてくれたのか?
風間さんは、ただの変な人じゃなかったのか?

<こら、お前! なんてこと思っているんだ。命の恩人に向かって! 僕はちゃんと知っていたんだぜ。お前が、俺のことを犠牲にしようとしたこともな。でも、もういいさ。
俺が、神田を成仏させたからな。

俺は、人間じゃない。人間の姿を借りているだけだ。何者かって?
……ふふ、地球外生命体とでもいっておこうか。いい男は、謎が多いほうがいいからな>

風間さんの声が僕の頭にこだました。
これは、テレパシーか?
か、風間さん、なにをいっているんだ。
風間さんが、いつも変な振る舞いをしたのは、世間の目をあざむくためだったのかもしれない。
風間さん、風間さんていったい……?

そして、僕の腕の中で倒れている元木さんに目を落とした。
彼女は相変わらず気を失ったままだ。
……どうしよう。
すると、風間さんは元木さんの頭に手を置いて気合いを入れた。
どうやら彼女は気がついたようだ。

「……わたしは? ひょとして、誰か死んじゃったの?」
元木さんは、今にも泣き出しそうな顔でいった。
僕は、今までのことをかいつまんで話した。
「……そう、よかった。もし、誰か死んでたらどうしようかと思った。おばあちゃんでも助けられないことがあるんだね」

元木さんはほっとしていた。
風間さんもその様子を見守っている。
そして彼女は、風間さんを見ていった。
「……あなたが、みんなを助けてくれたの? ありがとう」

そして、元木さんと風間さんのおかげでみんなは無事だったわけだ。
すべては終わった。

……それから一週間がたった。
あれ以来、彼らと会うことは一度もなかった。
結局、神田さんを誰が殺したのか、それ以前に自殺だったのか他殺だったのかもわからなかった。

……人間は、誰もが悪の心を持っている。
それを抑えるのが自制心だ。
でも、自制心のちょっとした隙を見つけて、悪の心が時折姿を見せることがある。
……結局、僕は誰を責めることもできない。

神田さんとの間にどんな真実があったにせよ。
それを追求する役目は僕にはないからだ。
もし、人間としての良心の呵責を感じるのならば、あとは自分で罪を償えばよい。
「坂上くーーーん!」

……あ、早苗ちゃんだ。
早苗ちゃんが、手を振りながらこっちに走ってくる。
時計を見た。
約束の時間ぴったりだった。
あれ以来、早苗ちゃんとは、よく話すようになった。

素直でいい子だ思う。
彼女の中に住んでいるというおばあちゃんやおじいちゃんの話を、僕は全面的に信じているわけではないが、彼女が不思議な能力を持っているのは間違いないことだと思う。

そして、偶然では片付けられない運命というものを、僕は彼女と出会ったことにより信じられるようになった。
本当に僕と早苗ちゃんが結婚するかどうかは、まだ先のことだからわからない。
けれど、今は彼女を大事にしようと思う。

……そういえば昨日、学校の七不思議の特集の原稿をまとめた。
七話目をどうしようか迷ったが、さすがにあの部室での出来事は書けなかった。
仕方ないので代わりに、『七つ目の話を聞くと悪いことが起きる。だから、ここに書くことはできない』
と、記しておいた。

学校の七不思議をすべて聞くと悪いことが起きる……。
そういう噂は、どこの学校にもあるようだから。
僕は、あのときの出来事を、今後、誰にも話すことはないだろう……。


       (新聞部エンド)