学校であった怖い話
>七話目(風間・岩下)
>J9

「嘘じゃない! あれは嘘でいったんじゃない」
僕は、叫ぶようにいっていた。
元木さんは、大粒の涙をぽろぽろこぼしていた。
僕は反省していた。
結婚するとかしないとか以前の問題だ。

元木さんは変わっているけど、彼女もやっぱり普通の女の子だったんだと……。
そう思ったら、彼女がいとしく見えて仕方なかった。
「ごめん、さっきはあんなこといってしまって。でも、この状況についあんなことをいってしまった。ごめん。
さっきの約束はまだ有効かな?」

僕は、ちょっと自分でもびっくりするほどキザなセリフを吐いていた。
これは、ちゃんと本心からだ。
元木さんは、涙を拭くと僕に笑いかけた。
「ありがとう。やっぱり私、嫌われたんだと思ったら涙があふれてきちゃって……。でも、本当によかった。
坂上君の本心じゃなくて……」

「これは神田さんよ……。さっきのノックの音も彼だわ。さっきからずっと、ドアを開けてくれるのを待っているらしいわね。自分からは入れない……」

彼女はそういうと、ドアを勢いよく開けた。
……そこには、一人の男が立っていた。
多分、彼が神田さんなのだろう。
多分というのは、僕が神田さんを知らなかったという意味があるが、それ以前に彼は首から上がなかった。

首を持たない学生服の男が、そこに立っていた。
突然の彼の登場に、みんなは硬直している。
言葉も出ないらしい。
その時、元木さんの体がガクガクと激しく揺れ始めた。

「元木さん!」
思わず叫んだが、彼女の反応はない。
まるで誰かに乗っ取られているように、彼女の意識はなかった。

突然、彼女の口から白い煙のようなものが現れた。
その煙の中に、とても恐ろしい形相をした女の顔が浮かんだ。
浮かぶやいなや、そいつが神田さんに襲いかかったのだ。
怨霊の悔しそうな呻き声が、部室内にとどろいた。

……そして、そいつはいなくなった。
頭のない学生服の男は、まるで幻のように消えてしまった。
そして、それを見届けると、煙の中に浮かんでいた鬼のような形相をした顔は、とても穏やかな優しい顔に変化し、するすると元木さんの口の中に吸い込まれていった。

……僕は夢を見ているようだった。
「元木さん! ……早苗ちゃん!」
がっくりと崩れ落ちた彼女の体を僕は支えた。
そして、肩を揺すった。
彼女は、眠たそうな声を漏らすと、ゆっくりと目を開けた。

「……おばあちゃんが、もう大丈夫だって。
よかったね、誰も死ななくて」
彼女は笑っていた。
僕は、大きくうなずいた。
すべては終わったのだ。

……それから一週間がたった。
あれ以来、彼らと会うことは一度もなかった。
結局、神田さんを誰が殺したのか、それ以前に自殺だったのか他殺だったのかもわからなかった。

……人間は、誰もが悪の心を持っている。
それを抑えるのが自制心だ。
でも、自制心のちょっとした隙を見つけて、悪の心が時折姿を見せることがある。
……結局、僕は誰を責めることもできない。

神田さんとの間にどんな真実があったにせよ。
それを追求する役目は僕にはないからだ。
もし、人間としての良心の呵責を感じるのならば、あとは自分で罪を償えばよい。
「坂上くーーーん!」

……あ、早苗ちゃんだ。
早苗ちゃんが、手を振りながらこっちに走ってくる。
時計を見た。
約束の時間ぴったりだった。
あれ以来、早苗ちゃんとは、よく話すようになった。

素直でいい子だ思う。
彼女の中に住んでいるというおばあちゃんやおじいちゃんの話を、僕は全面的に信じているわけではないが、彼女が不思議な能力を持っているのは間違いないことだと思う。

そして、偶然では片付けられない運命というものを、僕は彼女と出会ったことにより信じられるようになった。
本当に僕と早苗ちゃんが結婚するかどうかは、まだ先のことだからわからない。
けれど、今は彼女を大事にしようと思う。

……そういえば昨日、学校の七不思議の特集の原稿をまとめた。
七話目をどうしようか迷ったが、さすがにあの部室での出来事は書けなかった。
仕方ないので代わりに、『七つ目の話を聞くと悪いことが起きる。だから、ここに書くことはできない』
と、記しておいた。

学校の七不思議をすべて聞くと悪いことが起きる……。
そういう噂は、どこの学校にもあるようだから。
僕は、あのときの出来事を、今後、誰にも話すことはないだろう……。


       (新聞部エンド)