晦−つきこもり
>序(前田葉子)
>A1

私の名前は前田葉子。
今度の四月で私立の女子高の一年生になります。
本当は共学に通いたかったのだけれど、お父さんは許してくれませんでした。
気の重い三年間が始まる前に、私は中学生最後の春休みを思い切り楽しむことにしました。

お父さんの田舎で、おばあちゃんの七回忌があるため、私たち家族三人は四年ぶりに田舎の本家に帰ることになりました。
本家は昔ながらの藁葺き屋根の旧家で、まだ囲炉裏が残っており、とても和やかな気持ちにさせてくれます。
だから、私は大好きです。

この日、いつもは遠く散り散りになっている親戚一同が集まります。
私は、久しぶりにあう従兄弟の泰明さんのことを思い、ちょっと胸がどきどきしていました。
泰明さんは、東京でTVプロデューサーをしている、とっても格好いい人でしたから。

確か、今年で三十三才になるはずだけれど、若々しくてとてもそうは見えません。
本家に着くと、そこにはめったに会えない顔がいくつもありました。
……知らない顔もありましたけど。
死んだおばあちゃんには悪いけれど、こういう機会でないと親戚一同が集まることなどありませんから、私は嬉しいです。

「葉子ちゃん、久しぶり」
「あ、こんにちは」
埼玉の大病院で看護婦をやっている正美おばさんでした。
おばさんといっても、まだ二十六で目鼻立ちのしっかりしたとても美しい人です。

「遅くなってすいません」
入り口のほうでバタバタと騒がしい音がし、また誰かがやってきたようです。
泰明さんでした。
泰明さんは、私の顔を見つけると、軽く手を振ってくれました。
私は、顔を赤らめ、それを悟られないようにちょっとだけ会釈しました。

「やーい、葉子ネエ、照れてやんの」
「やめてよ! うるさいなあ」
今年、小学六年生になる、本家のいたずらっ子の良夫です。
私より四つも年下のくせに、何かというとすぐに私のことを馬鹿にします。

私は、良夫が嫌いです。
従兄弟だなんて信じたくありません。
それからも人は続々と集まり、お坊さんが来て、七回忌は無事すみました。

私たち家族は、その晩、本家で泊まることになりました。
その夜、みんなはいくつかのグループに自然と別れ、積もる話に花を咲かせました。

お母さんたちは、同じおばさんグループと昔のことを懐かしそうに話しています。
お父さんは、もうすっかり酔いが回ったのか、顔を赤らめ、楽しそうに昔の友達と飲んでいます。

私のグループには、もちろん、泰明さんがいました。
……と言うよりも、私が泰明さんの側にくっついていったんですけれど。
正美おばさんや、由香里姉さん、哲夫おじさんもいました。
嫌なことに良夫もいたけれど。

みんなで談笑していると、突然泰明さんが目を輝かしていいました。
「七回忌の晩に怖い話をすると死者が蘇るっていうよな」
「おやめなさいな、そんな話」
正美おばさんは、おもむろに嫌そうな顔をしました。
「いいじゃん! 怖い話しようよ」

由香里姉さんが、身を乗り出しました。
由香里姉さんは、おととし高校を卒業したまま、受験もせずにブラブラ遊んでいる自由人です。
本人は、花嫁修業中なのだといってますが、いつもお金になりそうなアルバイトをみつけては、果敢に挑戦するフリーターなんですよね。

遠縁なんですけど、なぜか私のことをかわいがってくれて、よく面倒を見てくれました。
「いいね。いいね。
やろうよ」
馬鹿な良夫は大乗り気です。
怖い話をしたら、真っ先に怖がるのはお前のくせに……。

話の成り行き上、いつの間にか私たちは怖い話をすることになってしまいました。
「ここじゃあ、うるさいよな。場所を移さないか? 使っていない客間があったじゃないか。あそこに行こう」
泰明さんの案に従い、私たちは客間に場所を移しました。

「そういえば、和弘さんのこと、見ませんでしたわねえ?」
客間に移動するとき、正美おばさんがなにげなしに呟きました。
本当に、なにげなしに。
「ああ、あいつ、いつも必ず来るのになあ。あいつ、来るっていってたんだろ?」
と、泰明さん。

「ええ。遅くとも三時までには行くって連絡がありましたのよ。
九時なのに……何かあったのかしら?」
正美おばさんは、不思議そうに首をひねりました。
「事故でもあったんじゃないか?」
そういったのは、哲夫おじさんでした。

哲夫おじさんはちょっと変わっていて、もうすぐ三十も近いというのに、冒険家などという肩書きを持っています。
本人は立派な職業だと自慢していますけれど、私からしてみれば、由香里姉さんと同じフリーターだと思います。

哲夫おじさんって、自分の好きな話になると思わず熱く語り始めちゃうから、聞いてて疲れちゃいます。
いいひとだとは思うんですけど……。
「縁起でもないこと言うなよ。
まあ、あいつのことだ。あとでひょっこり現れるさ」

泰明さんがそういったとき、突然、襖が開きました。
みんな、顔では笑っていながら飛び上がるほど驚いたのを私は見逃しませんでした。
もちろん、私もその一人でしたけど。
「何だ、和子おばさんか、驚かさないでくれよ。心臓にわるいなあ」

「なんだじゃないわよ。あんたたち、こんなところで何をしているのよ。この客間使ってないんだから」
「え? 怖い話をちょっとね……」
「あら、おもしろそうじゃないの。
私も混ぜてちょうだいよ」

和子おばさんは、良夫のお母さんです。
私とは実際に血はつながっていないけれど、とても五十過ぎには見えない若々しい人で、私は大好きです。
「ちぇ、かあちゃんも混ざんのかよ。勘弁してくれよな」
良夫、おだまり
こういうところが、大好きです。

和子おばさんは、みんなを見回すと、声を落としていいました。
「それにしても、みんな、この部屋がどうして使われていないか知ってるの? ……ここって出るのよ」
その一言が口火を切り、暗く長い夜は静かに更けていくのでした……。