晦−つきこもり
>一話目(真田泰明)
>A3

そうか、ははっ、たのもしいな。
じゃあ、今度、怪談スポットに行ってみるかい。
葉子ちゃんの勇敢な姿を見たいからね、ははっ。
まあ、俺もそのとき勇敢な姿で走った訳なんだけどさ。
それでね、俺達はエレベーターの前に来たんだ。

「くそ」
片山は罵声を放った。
エレベーターがなかなか来なかったからだ。
背後の廊下の空気が、あのときと同じ様に青白く光ってくる。
「泰明さん、この部屋に隠れましょう」
片山は俺にそう促すと近くの部屋に入っていった。

そして、俺もあとにつづいたんだ。
中は真っ暗でそこが何の部屋かわからなかった。
しかし、徐々に眼が慣れていくと周りが見えてきたんだ。
その部屋は倉庫だった。
復元を待つ絵画もそこにはあったんだ。

俺達はしばらく息をこらし物陰に隠れていた。
辺りは静まり返り何も起こる様子はない。
この部屋にある絵画を見回して、あらためて思った。
すべてはこれが始まりだったんだ……ってね。
あの絵の原画もここにあるはずだった。

いやな感じがしたが、その予感を俺は必死に否定したんだよ。
(呪文を復元したからいけなかったんだ……、だからあの絵は問題ない)
藁にもすがる気分だった。
片山も向こうの物陰でガタガタ震えている。
俺は原画が気になって仕方がなかった。

そんなことを思っていると、程なく倉庫の空気が青白く光りだしたんだ。
(これまでか………)
俺はそう覚悟した。
ここまで来た以上、もう隠れていてもしょうがない。
俺は物陰から出た。
そして光っている空気の前に対峙したんだ。

光は一点に収束してさっきの人影になった。
(奴だ……)
彼はゆっくり歩み寄ってきたんだ。

彼は黒い燕尾服のようなものを着ていた。
それは、ルネサンス時代とも、現代ともイメージの合わない奇妙な服だった。
「なんだあれは…………」
俺は少しあっけにとられ、怖がっていいのか、笑っていいのかわからない気分だった。

もしこんな不可解な登場のしかたじゃなければ、間違いなく笑っていただろう。
さらに彼は滑稽とも、無気味ともとれない雰囲気で近づいて来たんだ。
さすがにこうなると滑稽なんていってられない。
俺はあとずさりした。

そして数歩下がると足が何かにぶつかったんだ。
もうあとがない、そう思った。
そのときだ。
物陰に隠れていた片山が走りだした。
「うわーーーーっ」
片山は叫びながらドアの方に走ったんだ。

彼は物陰に隠れていたため、奴のあの滑稽な姿は見ていない。
もしあの姿を見ていれば、もう少し冷静にしてられたんじゃないかな。
「片山、慌てるな!」
俺は叫んで彼を制止した。
しかし、彼の耳に俺の声は届かなかったんだ。

「ふふふふふふっ」
奴は片山が走るのを見て取ると、不敵に笑いだしたんだ。
いままでの滑稽とも思える雰囲気とは、うって変わって無気味な雰囲気をかもし出している。
片山が奴の横にさしかかった時!
「ぎゃーーーーっ!!」
片山は、突然血まみれになって床に転がったんだ。

「か、片山………!?」
何が起こったのか一瞬理解できなかった。
(死んだのか……)
俺は愕然とした。
奴は見掛け以上に危険な存在だったんだ。
そして彼は俺の方を振り向くと、無気味に笑ったんだよ。

俺も殺される……、そう思った。
するとさっきまで滑稽に見えていた姿が、より恐怖をかもし出してくる。
また彼はゆっくり近づきはじめる。
俺は覚悟を決めた。
眼をつむり自分の死の瞬間を待つしかなかった。

(…………………俺も最期か………)
しかし、しばらくしても何も起きなかった。
それで俺は眼を恐る恐る開けたんだ。
すると奴は脅えるように立ちすくんでいだ。
(どうしたというんだ……)

奴は微動だにせず立ちすくみ、俺の足元を見つめていた。
(なんだ……、どうしたというんだ……)
俺は奴の視線を追った。
奴の視線を追うと、俺の足元には、あの呪文が描かれてる絵画があったんだ。

その絵はわりと保存状態がよく、そこには美しい婦人が描かれている。
(もしかすると……、この絵があの呪文を封印していたんじゃあ……)
俺は足元からそれを取ると、その絵を彼に向けてかざした。
「かーちゃん…………」
彼は少したじろいだ。

(かーちゃん……?)
するとその絵画が赤く光りだした。
そしてその光は暗い倉庫を覆ったんだ。
光はだんだん強くなって、一際強く光ると俺の視界を奪った。

そして視界を取り戻したときは、そこにはあの絵に描かれていた婦人がたっていたんだ。
「あんたー!」
奴は震えながらあとずさりしている。
「私から逃げようとしても無駄よ」
彼は脅え、更にあとずさりした。

そして、怒りに歪んだ彼女の顔から、ペンキが剥がれるように何かが落ちていったんだ。
(何だ、あれ……)
彼女は見る見るうちに不細工な姿になっていった。
厚化粧が落ちたんだ。

その顔を見た男はますます怯えた。
そして叫びながらドアに向かって走り出したんだ。
「うわーーーっ」
「ちょっと、待ちなさいよ!」
その婦人はそういうとスカートを手繰り上げた。
そして奴を追いかけていったんだ。

俺は呆気にとられた。
(奴は恐妻家なのか……………)
そう思うと急におかしくなったんだ。
「ははははははっ、ははははははっ」
笑い声が倉庫に響いた。
そして俺は倉庫を立ち去り、家に帰ったんだ。

彼等がその後どうなったかわからない。
また、いずれ現れるかもしれない。
俺の話はこれで終わりだ。
何だよ、哲夫、ニヤニヤして。
怪談を話したんだぞ、ははっ。
ごめん、ごめん、最初だからさ。

葉子ちゃん、どうだった。
何か、難しい顔をしているな。
つまらない話だから、怒っているのかい。
えっ、片山?
ああ、あいつは変質者による、通り魔的殺人として処理されたよ。

あのときの出来事は誰にも話さなかったしね。
へたに話したら、俺に容疑が掛かるのは一目瞭然だろ。

あれっ、どっかで聞いた話だわ。
ああ、そうだ。
お正月にやってた、泰明さんの番組だ。
確か、主人公の親友が惨殺される話だったわ。

じゃあ、泰明さんが今、話したのは作り話?
いや、そうは思えない。
粗筋は同じでも印象が全然違うもの。
あの物語の主人公は親友の死を悲しんでいたもの。

もし実話なら、片山さんの死んだ事件をネタにしている……。
ううん、泰明さんはそんな人じゃないわ。
きっと、これは作り話よ。
考えが一巡して私は泰明さんを見た。
彼は楽しそうに笑っている。

「どうしたんだ、葉子ちゃん、いつまで難しい顔をしているんだい」
泰明さんは、そういうと私に微笑んだ。
「じゃあ、次の人の番かな」


       (二話目に続く)