晦−つきこもり
>一話目(真田泰明)
>B4

ははっ、葉子ちゃんはやさしいな。
そんなこといわれると、俺は恥ずかしいよ。
えっ、冗談だよ、ははっ。
葉子ちゃんが悪気がないのは知ってるから。
でも時には自分のことを優先した方がいいよ、ははっ。

俺は奴を助けなかった。
もし、助けに行っていたら、この場にはいなかったかもしれない。
俺は車に乗って逃げたんだ。
空いている道を選んでただ目的もなく車を走らせた。
そしてかなり走ったあとだ。
俺はやや冷静さを取り戻した。

車の背後には何の気配も感じない。
(助かったのか……………)
そう思い、俺は一息入れていた。
しかし、片山の姿を思い出すと、車のアクセルを戻す気にはなれなかった。
車はいつの間にか、海辺を走っている。

(もう、ここまでくれば…………)
そう思ったときだった。
また俺の乗っている車のうしろには、あのときと同じ青い光が輝きだしたんだ。
(奴だ!)
アクセルに力が加わった。

車のスピードは徐々に増していく。
しかし、光との距離は依然と離れなかった。
いや、離れるどころか、光との距離はだんだん迫ってくる。
俺は覚悟した。

このとき実感したよ。
世の中には、人が気軽に扱っては、いけない物があるんだなって。
知識人ぶったって、結局、俺達は何もわかっていない。
もしかすると人類は退化しているのかもしれないって。
そう思ったよ………。

泰明さんは何か考え込むように話している。
「泰明さん、それでどうしたんですか」
私は話の続きを促した。
「えっ、ああ、そうだね……………………」
それ以来、言葉を発しなかった。

みんなはシーンとして彼の言葉を待っている。
「泰明さん………………………」
私は泰明さんのことが心配だった。
「俺は何てことをしてしまったんだ……………………」
彼は頭を抱え込んだ。

部屋は静まり返り、他の部屋から微かに話し声が聞こえてくる。
無気味な沈黙が続いた。
「ふ、ふふふふふ、は、はははははっ」
そのとき突然、泰明さんは笑いだした。
彼はしばらく笑い続け、笑い声がだんだん無気味な声に変わってくる。

「で、で、でへへへへへ」
泰明さんが顔を上げると、だらしなくよだれを垂らしている。
彼は正気を失っているようにも見えた。
(いったい何が起きたの………)
私は当惑した。
みんなも唖然としている。

そして、いきなり自分の上着を両手で引き裂いた。
ボタンは飛び散り、下着もいっしょに破いたようだ。
彼の上半身が露出している。
(きゃっ)
私は手で顔を覆った。
(やだ、泰明さんの裸を見ちゃった………)

周りはシーンと静まり返っている。
(あれ……、どうしたんだろう……)
私は指の隙間から覗いた。
(みんなどうしたのかな………)
指の隙間からみんなを見渡した。

みんなは目を丸くして泰明さんを見つめている。
(いったいどうしたのかしら……)
私はもう一度、泰明さんを見た。
彼はよだれをたらし、だらしない笑みを浮かべている。
(あれ、おなかで何か動いている………?)

(きゃーーーーーっ)
おなかに顔があった。
私は悲鳴を上げたが、声にならなかった。
『はじめまして、どうもお騒がせします。風間といいまーーす』
おなかの顔が喋った。
『あっ、ちょっと失礼』
彼は思い付いたようにいった。

『う〜〜ん』
その人面疽は何か苦しんでる。
「おっ、生まれた」
元からあった顔がいった。
「あっ、パパ」
新しい顔がそういう。
「みんなにごあいさつしなさい」
「はーーーい、片山でーーーーす」
これが話に出て来た片山という人なのだろうか。

「パパ、パパ」
片山という顔が風間という顔になついている。
ぶ……、無気味だ。
「さあ、おまえも巣立ちのときだ」
「うん、パパ」
「さあ、好きな人間をお選び」
新しい顔は私の顔を見ると無気味に笑った。

(やだ、あんなのに乗り移られるなんて、死んだほうがましよー)
私はそう思った…………………。


すべては闇の中に…
              終