晦−つきこもり
>一話目(真田泰明)
>D3

正直だな、まあそこが葉子ちゃんのいいとこだけどな。
俺もあんな目に遭わなければ、そう答えたかもしれない。
でも、案外体が勝手に動くものだと思ったよ。
俺達は全力で走ったんだ。
そしてエレベーターに向かった。

でも浅はかだったよ。
冷静に考えればわかりそうなもんだよな、エレベーターが袋小路だって。
しかし、そのときはそんなこと考えてもみなかった。
俺達はエレベーターが開くと直ぐにそれに乗ったんだ。
片山は一階のボタンを押しドアを閉めた。

そしてエレベーターはゆっくり下りていったんだ。
「早くしろよ!」
片山は苛ついて叫んでいた。
そのとき二階のランプが点灯する。
俺達はさらに焦ってきた。
「早くしろよー!」
彼の緊張は頂点に達しているようだった。

俺は彼のその恐怖心を垣間見たせいか、かえって冷静さを保てている。
しかし、この閉鎖された空間に逃げたことには、不安を感じ出していたんだ。
そして案の定、もう少しで着くと思ったときエレベーターが止まった。

内部の電気は消え真っ暗になった。
さっきまでわめいていた片山も、いまは言葉を失っていた。
五分か、一時間か、どのくらいたったか判らない。
しかし、しばらくの間は何も起こらずにいた。
片山は依然と沈黙している。

そのとき俺は徐々に眼がなれ、エレベーターの内部の様子が、ある程度は見えるようになっていた。
片山は床に座り、足を抱え震えている。
俺はそんな彼を横目で見ながら淡い期待をし始めていた。
(もう、危機は過ぎたんでは…………)

依然、何も起こる様子はない。
「おい、片山! もう大丈夫かもしれないぞ」
俺は彼を元気付けようとなるべく明るく声をかけた。
しかし彼は返事をしなかった。
「片山!」

「ふ、ふふふふふっ、はははははははっ」
「片山!?」
片山は突然笑いながら立ち上がった。
「片山っ」
彼は恐怖のあまり錯乱しているようだった。
そして、彼は笑うのを止めた。

片山は床に眼を落とし何かぶつぶついっている。
「か、片山…………」
俺がそういうと彼は顔を上げたんだ。
片山は少し口を開け無気味な笑みを浮かべていた。
(片山……)
俺は身構えた。
「うわーーーーーっ」

そして突然そう叫ぶと襲いかかってきたんだ。
片山は俺に掴みかかると噛み付いた。
彼の歯は俺の身体に食い込んで来る。
俺は力いっぱい彼を退けようとした。
しかし彼は、なかなか離れなかった。

「か、か・た・や・まーーーっ」
そう叫びながら再びこころみた。
俺は持てる力を振り絞って彼を押したんだ。
すると彼をやっと引き離すことができた。
突き飛ばされた片山は壁にぶち当たり、床に崩れ落ちる。

彼の口の周りには血がこびりつき、口には肉片をくわえていた。
(えっ………………………)
俺は彼に噛まれていたところに視線を落とした。
左腕の袖は血に濡れている。
上腕にいたっては布が破れ、皮膚が噛み切られていた。

あまりにも異常な状況下の中で、傷の痛みを感じることができずにいたんだ。
そして今まで気付かなかった傷の痛みが、徐々に沸いて来た。
俺は彼に眼をやる。
片山はまた立ち上がろうとしていた。

俺は次の攻撃に身構える。
彼は立ち上がると、またゆっくり歩み寄って来た。
そして、また掴み掛かって来たんだ。
今度も俺は全力で抵抗した。
彼の手を払いのけ、腹を蹴りつける。
彼はまた壁に打ち当たった。

しかしまだ立ち上がって来る。
俺は恐怖に震えた。
もう俺も正常な判断力を失っていたんだ。
そして今度は俺が最初に彼を殴った。
彼は崩れるように倒れた。
しかし俺は攻撃を止めなかった。

倒れている彼の腹を、何回も何回も蹴りつけたんだ。
俺が我に返ったときは、彼の口からは血が何回も吹き出され動かなくなっていた。
俺は彼を蹴るのを止めた。
(し、死んだのか…………)
そう思って彼を揺する。
しかし彼は動かなかった。

そして俺はやっと冷静さを少し取り戻したんだ。
(殺してしまった………………)
彼はいくら揺すっても起きなかった。
俺は動揺した。
そして死体が倒れているエレベーターの中で、床にうずくまったんだ。

俺は彼を殺したことへの、自分にたいする言い訳を考えていた。
(正当防衛だ、これは正当防衛だ……………)
そう自分にいい聞かせたんだ。
しばらく静寂が続いた。
そして、考えが一巡したときだ。

エレベーターの中で、あの発端になったあの無気味な光が、輝きだしたんだ。
光は徐々に明るさを増し、俺の視界を奪った。
俺が次に眼を開けたときは無気味な男がたっていたんだ。
「君のおかげで復活できたよ。君が捧げてくれたいけにえのおかげでね」

その男は俺に微笑んだ。
「礼にこの死体を消してやろう」
彼がチラッと片山の死体を見た。
そして、手をスッと上げると、片山の死体だけでなく血のりも一瞬で消えた。
「君の服もひどいな」
もう一度、手を上げると俺の服もきれいになる。

「ほお、この時代はこういう服が流行っているのか」
今度はマントを振ると、彼の服が俺の着ている服と同じようなものになったんだ。
「どうだ、似合うか?」
無気味に笑った。

「これで野望を再開できる……。
野望の達成の暁には改めて礼はさせてもらうよ」
彼はそういうと、空気に溶けるように消えていった。
(いったい彼は何者なんだ………………)
俺はこの状況をどう理解していいのか、わからなかった。

そして結局、俺はエレベーターに朝までいたんだ。
俺が体験した怖い話はこれで終わりだ。
次の話は誰かな?
えっ、続きはって、もう終わりだよ。
葉子ちゃん、何かあるのかい……………。

えっ、片山…?
あのとき消されて以来、行方不明だよ。
それがどうかしたかい。
どうした、黙って。
じゃあ、終わりにするよ。
次は誰の話だ。


       (二話目に続く)