晦−つきこもり
>一話目(真田泰明)
>E4

へー、デートとかしているんだ。
あっ、大丈夫だよ。
お父さん達には内緒にしておくから……。
良夫、おまえも誰にもいうなよ。

余計なこというと、ますます葉子ちゃんに嫌われちゃうぞ、ははっ。
おいおい、すねるなよ。
冗談なんだからさ。
でもさ、やっぱり好きな人がいるんだったら会いたいよな。
風間も段々そう思い込みだした。

そして彼はその絵の美女を、ホログラフィで表示することを思い付いたんだ。
会社の関連部門に、ホログラフィの基礎研究をしているところがあってさ。
彼はそのことを思い出したんだ。

風間はその部門にいる同僚に、ホログラフィの技術的なことを聞いた。
そのホログラフィのデーターを作るためにだ。
彼はホログラフィのシステムを聞くと、データー作成に取りかかったんだ。
あの絵の原画を分析して、立体化について検討を繰り返した。

そして、彼はとんでもない事実を突き止めたんだ。
あの原画を各方向からスキャンすると、その方向から見た彼女の姿をとらえることができたんだ。
しかし、あいつはその事実を冷静に受け止める気はなかった。
もし第三者がこの事実に打ち当たったら、その手法の方に興味を持ったと思うよ。

でも彼にはその記録方法より、その美女の三次元データーがとれるという方が重要だったんだ。
あとでその絵を調べたんだけど、どんな方法でそれを実現しているのかはわからなかった。
魔鏡と同じ様に太古から伝えられた、独自の技術があったのかもしれない。

彼はそんなことを考えることなく大喜びした。
そして各方向からとったデーターを元に、三次元データーを作成したんだ。
ある夜、彼はみんなが帰宅すると、そのホログラフィのある部屋にいった。
もちろん、その三次元データーを持ってね。

部屋は電気が消され真っ暗だった。
そして彼は、はやる気持ちを押さえながら、ホログラフィの装置の前にいったんだ。
装置の近くにはワークステーションがある。
ここでデーターを処理し、ホログラフィ装置に送る事によって表示されるんだ。

風間はホログラフィとワークステーションのスイッチを入れると、データーを入力した。
そしてデーター処理が始まったんだ。
その処理が終わるとホログラフィに表示される。
もうまもなく美女が蘇るんだ。

彼はそう思って胸を躍らせた。
太古の技術で記録された美女が現在の最新技術で蘇る。
俺だったらそのことに興奮しただろうけどね。
しばらくしてワークステーションに、データー処理の終了が表示された。

彼は合図を確認すると、データーをホログラフィ装置に転送したんだ。
そして、その美女の描画が始まった。
彼女はぼんやり、そして徐々にはっきり表示されていったんだ。

風間は喜んだと思うよ。
やっと彼女に会うことができたんだから。
それから彼はその装置に歩みよったんだ。
装置の前にたった風間は彼女を見つめた。
「素敵だ!」
そこに映し出された彼女は、今まで以上に魅力的だった。

でも彼は彼女が動かないことが非常に残念だった。
「彼女に命を吹き込めれば………」
彼はそんなありもしないことを本気で呟いた。
しかし、そのとき彼女の眼が突然動いたんだ。

「えっ………………」
そして彼女は幽霊のようにフーッと宙に浮かぶと、風間の方へ飛んできた。
次の日、彼は行方不明になっていた。
会社としても全力で捜索したんだけど、無駄だったんだ。

しばらくしてあのホログラフィ装置が使用されることになった。
当の担当セクションではデーター作成に手間取っていたんでね。
でも、よくよく考えると風間はすごいよな。
担当セクションでも戸惑っていたデーター作成を、あっという間に終わらせたんだから。

恋の一念だったのかな。
そして、ホログラフィのテストの日。
データーの作成に手間取り、夜中に俺と担当者で作業に入ることになったんだ。
彼一人で作業するはずだったんだけど、俺は興味本位に付き合う事にしたんだよ。

「見学させてもらっていいかな」
俺がそういうと快くOKしてくれた。
そして、俺達は作業に入った。
「あれ、なんだろう、このファイルは…………?」
彼はハードディスクに不可解なファイルを発見した。

データーをチェックすると、そのデーターが完璧なホログラフィ用のデーターだと分かったんだ。
「誰だ、このデーターを作ったのは…………」
彼は当惑していた。
完璧なデーターを彼より早く完成していた奴がいたんだ。

彼は表示してみたいという興味にとり憑かれた。
そして同意を求められた。
もちろん、俺には断る理由などなかった。
自分のデーターを放り出すと、そのファイルをホログラフィ装置に転送したんだ。
しばらくして、装置はぼんやりと何か表示し始めた。

「何だ、この女の人は……………」
彼は不思議そうにそう呟いた。
それは風間が恋した女だったんだ。
そして俺がそう思っていると、装置がいきなり輝きだし、視界を奪った。

ホログラフィ装置から女が飛び出して来たんだ。
彼女はスカートを持ち上げ、走って通り過ぎる。
俺達は唖然として彼女を見送った。
そしてしばらくすると、今度は男の声がする。

「待って下さいよーーーーっ」
俺は唖然とした。
「かっ、風間か…………………?」
行方不明の風間が美女と一緒に、ホログラフィ装置から出てきたんだ。
そして、だらしなく笑い彼女を追っていった。

「な、なんなんだ……………?」
あいつはまだ、あの美女を追いかけていたんだ。
俺達は馬鹿馬鹿しくなって、その日は帰ることにした。
次の日、俺達は誰にも、何も語らなかった。
あまりにも馬鹿馬鹿しく、何も喋る気がしなかったんだ。

風間は今でも行方不明ということになっている…………。
しかし、それからというもの、女を追っかける風間の幽霊がでるという噂が広まった。
でも、俺は何も語る気にはなれなかった。

「えっ、作り話にしても出来が悪い? 本当だって! 葉子ちゃん信じてくれよ。えっ、信じられないって?」
泰明さんは腕時計を見た。
「ちょっと、待てよ。ああ、あと10秒だ。いくよ、……7、6、5、4、3、2、1、ゼロ」
(げっ………)

私の前を女と男が通り過ぎていった。
「彼等、あの後この時間になると目の前を通るようになったんだ。
まだ、追いかけっこをしているらしいぞ」

泰明さんは笑っている。
(幻だわ。幻にきまっているわ)
そう思った。

「これで信じて貰えるかな」
私は何もいわなかった。
「じゃあ、これで俺の話は終わりだ」
こうして泰明さんの話は終わった。
次の人の番だ。


       (二話目に続く)